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劇の好きな子供たちへ
げきのすきなこどもたちへ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岸田國士全集28」 岩波書店
1992(平成4)年6月17日
初出「少年少女 第三巻第三号 別冊付録『劇の読本』」1950(昭和25)年3月1日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-11-06 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

1 劇をやるのは何のためだろう

 子供たちが集まって劇をするということは、楽しい遊びであると同時に、おたがいの勉強であるということを忘れないようにしたい。
 楽しい遊びであるからには、思う存分、自分が面白いと思うように、そして、人も面白がるようにやるのがいい。自分だけが面白く、人にはそれほど面白くないというようなやり方、あるいは、人を面白がらせようとばかりあせって、自分はそのためにかたくなったり、したくないことをしたりするのは、たいへんまちがったやりかたである。
 劇というものは、がんらい、見せる方と、見る方とたがいに力をあわせ、気もちをそろえて、そこにできあがる美しい全体の空気を楽しむものなのである。
 見せる方だけがいっしょうけんめいになり、見る方はそれをただ、じょうずだとか、へただとかいって、見ているのは、ほんとうに、子供たちの楽しい劇とはいえない。それは、いろんなよくない結果を生むはじまりである。
 劇がおたがいの勉強になるという意味は、劇にしくまれた「物語」の内容が、なにかしら新しいことを教えるばかりではない。第一に、劇というものは「話し言葉」のもっとも生き生きとした使い方、人間の表情のもっとも正しいあらわし方によって、ひとつの面白い場面がつくりあげられるのだから、劇をほんとうに面白いものにするためには、どうしてもみんなが、「話し言葉」の美しさと、表情のけだかさとを身につけ、それを正しく読みとる訓練をしなければならない。
 美しい「話し言葉」や表情は、役者や俳優を職業とする人たちにかぎらず、すべての人間に必要なことであって、それはちょうど、自然の美しい風景をながめたときと同じように人の心をひきつけ、印象づけて、こころよい感じをあたえる。
 昔から、「話をしてみるとどんな人間かわかる」といわれているように、「話し言葉」や表情によって、その話そうとすることがら以外に、その人の年齢、男と女の区別、性格、教養の高い低い、職業、またはどこの国かとか、なんの時代かまではっきりとあらわれるものである。
 これだけでも「話し言葉」がどんなに大切かよくわかると思うが、「話し言葉」の美しさをいつも心がけているということは、つまり国語を大切にするということであり、劇をすることによって、劇を見せる方も見る方もこの訓練が自然にできるはずだから、君たちの熱意は、やがて、最近のみだれた国語の品位や魅力のかいふくに大きな役割をはたすことになるのである。
 それと、もうひとつ。劇がおたがいの勉強になるわけは、はじめにいった通り見せる方と見る方とが、力をあわせ、気もちをそろえることが大事なので、そのためには、劇を舞台にかける前から、なるべく、いろいろなめんどうな仕事を、みんなで分担をきめて手つだうようにしなければならない。ここから、劇という仕事のはじめから終りまでを、仲間同志が仲間…

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