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岩田夫人の死を悼む
いわたふじんのしをいたむ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岸田國士全集28」 岩波書店
1992(平成4)年6月17日
初出「婦人倶楽部 第三十一巻第六号」1950(昭和25)年6月1日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-04-22 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 本誌の読者は「夫婦百景」の筆者獅子文六が、同時に岩田豊雄であることぐらいはご承知であろう。その夫人静子さんが、急な病いで亡くなられた。四十四歳といえば、まだ人生を終るには早く、夫君が今後ますます多くの傑作を書かねばならぬように、夫人もまた、将来にさまざまな期待と希望とを抱いて、この春を迎えようとしていたにちがいない。
 私は岩田君ともつとも親しい友人の一人として、この不幸を正視することができないくらいである。まして、いま、この不幸について公けに語ることは、いかにもその時機でないような気がするのだが、本誌の編集者は、強引に、そして巧妙に私を説き伏せた。私は、一方にためらう自分を励ましながら、すこしでも書くに値する一文を、岩田夫人のために捧げる決心をした。
 十五年前、私は、ある神社の会館で行われた岩田夫妻の結婚披露式に列したことをはつきり覚えている。友人を代表するかたちで、私が一席、祝辞を述べることになつたのだが、どんなことを喋つたか、それはもうわすれてしまつた。しかし、事の序に、新夫人に向つて、岩田豊雄なる人物の紹介をちよつぴりしたように思う。たしか、岩田君はわれわれ文筆に従事するもののうちでも、とりわけ気むずかし屋の方に属するけれども、その代りに、彼は、万事に、はなはだ呑みこみがよく、夫人の方で、もしその弱点を巧みに利用されたら、おそらく、極めて御し易い男性となるであろう、というような、警告とも気易めともつかぬ一言であつた。
 新郎の傍らで、それを聴いていた静子夫人のつゝましい微笑は、私が、その後、岩田家を訪ねる毎に夫人の表情をおゝつているやさしい微笑であつた。
 その名の如く、まことに静かな、しかし、どこか毅然としたものを奥深く蔵している女性のように思われた。
 岩田君とは仕事の関係で屡[#挿絵]会うのに、私は人を訪ねるのが億劫なたちで、めつたに夫人にはお目にかゝらないのだが、私の印象は多分間違つてはいないと思う。
 愛するものを喪うかなしみは誰でもおなじだ、とはいうものの、岩田君の場合、私は、なにか、ほんとうに片腕をなくしたというような空虚感が強いのではないかと想像し、芸術家の日常生活に必要な、力強い一つの精神の支えが、もし夫人の存在そのものであつたとすれば、私は、岩田君を慰める言葉をまつたく知らないのである。
 この一月であつたと思う。私は、久しぶりで娘たちを連れて、神田へ夕食をしに出かけた。岩田君一家を誘うつもりでいたところ、あいにく、当の岩田君が胃を患つていて、その計画はフイになつた。
 ちようど私たちがはいつて行くと、菜園になつている前庭のなかに、夕陽を浴びた二人の女性の、甲斐々々しく草むしりをしている姿をみかけた。いうまでもなく、その一人は静子夫人で、もう一人は、お嬢さんの巴絵さんである。
 巴絵さんは、岩田君の前夫人マリイさんの血をうけた…

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