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山の怪
やまのかい
作品ID4482
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-08-16 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 土佐長岡郡の奥に本山と云う処がある。今は町制を布いて町と云うことになっているが、昔は本山郷と云って一地方をなしていた。四国三郎の吉野川が村の中を流れて、村落のあるのはそれに沿った僅かばかりの平地で、高峰駿岳が一面に聳えていた。
 その本山に吉延と云う谷があって、其処には猪とか鹿とか大きな獣がいるので、山猟師をやっている者で其処へ眼をつけない者はなかったが、しかし、その谷には時どき不思議なことがあるので、気の弱い者は避けて往かなかった。冬の初めであった。半兵衛と云う猟師は鉄砲と係蹄を持って吉延の谷へ往った。人の恐れる吉延の谷へ平然として往く男であるから剛胆であったに違いない。そして、彼が吉延の谷に着いたのはまだ黎明前で林の下は真暗であった。彼は多年の経験によって獣の通って往きそうな場所を考えて、手探りで係蹄を仕掛け、傍の岩の陰へ腰をおろして肩にしていた鉄砲を立て掛け、腰の胴乱から煙管を出して煙草を詰め、火縄の火を移して静に煙草を喫みながら獣の来るのを待っていた。
 冷たい風が頭の上を吹いて通って、霜になりかけた露が時どき頬に落ちてきた。半兵衛は煙草を喫みながら耳を澄まして、獣の跫音がしやしないかと注意していた。そのうちに夜が段だんと明けて来た。仰向いて空の方を透すと空は蒼白くなって、光のなくなった星が二つばかり栂の木の梢にかかっていた。
 林の下も次第に明るくなって木の葉の色も形もやや識別することができるようになった。係蹄を掛けた処は其処から五六間しか離れていなかった。それは山裾の小溝のように窪んだ処であった。半兵衛は朝の餌を探しに来る獣がもう動きだす時刻だと思ったので、煙管を胴乱に収めてしっかりと腰に差し、立て掛けてあった鉄砲を隻手に持って何時でも撃てるように身がまえをした。
 紫色に光る一つの山蚯蚓が、小蛇のように何処からか這いだして来て、それが係蹄の針金にかかった。半兵衛はそれを見つけた。
(大きな蚯蚓もあるもんだ)
 蚯蚓はそれっきり動かなくなった。と、その傍の黄色になった草の中からにょこにょこと動きだしたものがあった。それは土色をした蛙であった。蛙はその眼をきろきろとさしながら這いだして係蹄の傍へ往き、ちょっと立ち停って何か考えるように首を傾げていたが、やがてぱくりと口を開けたかと思うと、彼は山蚯蚓をくわえて眼を白黒にさしながら呑んでしまった。蛙はやっと一仕事終ったと云うような態をして踞んだ。
 何処にいたのか黒の地に赤い斑点のある小蛇が蛙の後の方へ這いだして来た。半兵衛は眼をひかずにそれを見ていた。蛇は蛙の傍へ往くと鎌首をあげて、赤い針のような舌をちらちらと一二度出した後に蛙の隻足をくわえた。蛙は驚いて逃げようとしたがどうしても逃げることができないで、その体は次第に蛇の口の中へ消えて往った。
(けたいなこともあるものじゃ)
 半兵衛は鬼魅がわるか…

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