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「我等の劇場」緒言
「われらのげきじょう」しょげん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集28」 岩波書店
1992(平成4)年6月17日
初出「我等の劇場」新潮社、1926(大正15)年4月24日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-04-18 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 此の一巻は、私が文筆生活を始めてから今日まで略二年間に亘つて、いろいろな機会に発表した断片的評論又は感想のうち、演劇に関する文章を一纏めにして出来たものである。
 最初の「演劇一般講話」と題する一文は、菊池寛氏の主宰する文芸講座の為めに特に「演劇論」といふ標題で執筆したものであつて、これは、厳密な意味に於ける研究発表ではなく、従つて、学界に向つてその価値を問はうとするやうな野心は毛頭ない。たゞ、私は此の機会を利用して、演劇の本質に関し自分の到達し得た解決に向つて、新しい時代の演劇愛好者を導かうと努めた。
「現代仏国の劇作家」は、同様、文芸講座に掲載されたもので、これだけでは誠に掴み処がないやうであるが、筆者は、これでも、或る目的を以て、此の一文を草したのである。それは、つまり、偶々仏国現代作家の作品を手にしたやうな場合に、その作家が、現に仏国劇壇に於て如何なる地位を占めてゐるかといふことを、あらまし知つて置く方が便利だ。さういふ場合に、簡単な紹介の役目を務めるのが即ち此の一文である――と思つて欲しい。
「我等の劇場」と総括的に題した数篇の文章は、「演劇一般講話」の補遺と見れば見れる性質のものであるが、それと同時に、幾分、我が国に於ける現代劇の批評的考察を含んでゐる。われわれ現代日本人の求める演劇――さういふものが何処からか生れるものとして、それに対する希望乃至要求を披瀝したものである。
「劇壇時評」及び「劇評」は共に、その折々の感想であつて、今日から見れば、多少異論が生じるやうなものもあるであらうが、これは、そのまゝ採録することにした。
 通読するに当つて著しく感じることは、よくも同じことを、方々で、幾度も繰返して言つたものだといふことである。
 私は、さう感じながら、なほ且つ、その同じことを、ここでまた、更めて云つて置きたいといふ欲望を制しきれないくらゐである――「我等の劇場」を与へよ!

 最後に、此の貧しい論集の為めに、序文を書いて下さつた菊池寛氏並に山本有三氏に厚く感謝の意を表します。
  大正十五年三月十日



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