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支那の古代法律
しなのこだいほうりつ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桑原隲蔵全集 第三卷」 岩波書店
1968(昭和43)年4月30日
入力者はまなかひとし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2012-07-23 / 2014-09-16
長さの目安約 143 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 緒言

 私の講演題目は「支那の古代法律」と云ふのであります。今日から見ますとやや時代離れをして居つて、現代生活には關係がないようにも考へられますが、必ずしもさうではないと思ひます。此頃、いろいろ新しい思想が日本に入つて來て居りますが、新しい思想が盛んに行はれて來ると、當然その反動として自國の囘顧と云ふ事が行はれる。既に日本などにもさう云ふ氣分が見えて來て居りまして、或は國粹會、或は建國會、近頃では東京に國史囘顧會と云ふやうなものも出來て居ります。又いろいろ教育界方面の希望もあつて、國史の教授を盛んにする氣運も動き、また確か今年あたりから、これ迄高等文官の試驗にも今迄に無かつた日本の法制史といふ新科目をも加へることになつて居ります。日本の過去を囘顧して、日本と云ふ國はさう外國の眞似ばかりもして居れぬ、日本の國の特質をも考へなければならぬと、さうした自省が行はれますと、當然、支那の古代の文化と云ふことに觸れて來るのであります。
 それは云ふ迄もなく日本の過去が支那の文化とは離るべからざる密接な關係をもつて居つたからであります。かう考へて來ますと、今私の講演の題になつて居る「支那の古代法律」と云ふことも、これ亦、支那の過去の文化の一つでありまして、日本の現代の思潮と――幾分間接ではあるが――無關係ではないやうに思はれるのであります。
 更に之を、世界的な立場から見ますると、世界大戰以後この十年間に、歐米に於いてはアジア研究といふものが非常に盛んになつて來て居る。これは一體どう云ふ所から出發したのであらうか。それにはいろいろな事情や理由もありませうが、その主なものは、西洋の文化は行詰つて居る、この西洋の文化の行詰りを展開さす新しい方針を求めるには、どうしても今迄とは全く異つた文化を取入れなければならぬ、それには古い文化をもつてるアジアと云ふものをよく研究しなければならぬと云ふやうなことが、非常に歐米の學界に起つて來まして、近頃ではこのアジア研究が、非常に盛である。尤も、ひろくアジアと云ひましても、主に支那であります。支那の藝術とか、哲學とか、その他習慣或は制度に關する研究に至つては、近頃殊に盛んであります。それは追々お話する中にも出て來ると思ひます。
 して見ますれば、支那の文化の一つである古代法律と云ふものを、ここでお話しますことは、今申した古い日本と云ふものに關係がある。現代の生活に觸れるか觸れないかといふことは暫く離れて、今の世界の學界の風潮から見て、さう縁の遠い、時代離れのした問題ではないのであります。これら二つの理由で――隨分過去の問題ではありますが――いまこの演題を掲げる事も、さう意味の無いことではないと思ふのであります。

二 支那法律の淵源

 それでは、支那の古代法律は、何時頃からあつたかと申しますと、これは餘程古くからあつた。『書經』、或は…

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