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〈ピツコロさん〉
〈ピッコロさん〉
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二六巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「子供之友」婦人之友社、1924(大正13)年11月
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2013-08-07 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



町の鴉 「ピツコロさん。こゝは町の真中ですよ。泣くんなら、横丁へはいつてお泣き。」
ピツコロ 「よけいなことを言ふな。だけど皆が俺の顔をみて笑つてる。少し恥かしいな。では、横丁へいつて泣かう。」



ピツコロ 「なほ悲しくなつて来た。どうしてこんなに涙がでるのかしらん」
横丁の猫 「ピツコロさん。小さいおぢいさん。おとなのくせにみつともないよ。なくなら、誰もゐない所でおなき。わたしまで、泣きたくなるよ。へん(くすりと笑ふ)。」
ピツコロ 「うん。さういはれゝばさうだな。ぢや、あつちへ ゆかう。」



百姓 「今年はお米が沢山とれて何よりだ。これも神様のお恵みだよ。」
百姓の妻 「さうだよ。だけどお前さん。今年ばかりよくても、来年悪ければつまんない。私はさう思ふと、いやになるよ。おや。誰か泣いてるよ。」
百姓 「お前はいつもそんなつまらないことをいふね。不信心者だよ。」
ピツコロ 「これはしまつた。誰かゞ来た。又追つ払はれるだらうな。」
百姓 「おい。お待ちよ。」
ピツコロ 「すみませんな。私、今、泣いてをりますので。」
百姓の妻 「悲しいんかい。」
ピツコロ 「えゝ。悲しくて堪りません。」
百姓 「どう言ふわけだよ。」
ピツコロ 「さつぱり分りませんな。町の鴉だの、横丁の猫だのに追つ払はれましたよ。」
百姓の妻 「さうでせうともね。お前さんのやうな年寄がないてるとをかしいからね。」
百姓 「だけど、何か、わけがあつて、泣いてるんだらう。さうだらう。」
ピツコロ 「さうでせうな。」
百姓 「さうでせうなとは何だ。よくお考へ。」
ピツコロ 「わかるでせうかな。」
百姓 「きつとわかるよお考へ。」
ピツコロ 「はてな。けさ、家をとびだしたと。隣の桶屋のやかましい音が、しやくにさわつたんだつけな、実に、しやくにさはる。考へごとも何にもあつたもんぢやない。はい。私は、年寄の学者ですからな。それから、町の真中で新しい家を持つてあるいてる、家売の象から、家を一軒買つたつけな。それを、静かな町のはづれへ建てたんだつけね。そして、そのなかへはいつて、本をあけた――と、これはしまつた。大変だよ。わかつたよ。なぜ 私が泣いてるわけがわかつたよ。ちよつと、一しよにきておくれ。」
百姓の妻 「お前さん気がちがつたのかい。」
ピツコロ 「正気です。今、やつと正気にかへつたんです。」
百姓の妻 「私は、穀物がくさるやうな気がいて心配だから、こゝで番をしてるよ。」
百姓 「馬鹿をいふな。おいで。」



百姓の妻 「どこだよ。お前さんのうちは。」
ピツコロ 「はてな、どこだつけな。私は少し目がうすいんでな。」
百姓 「これぢやないかな。新しい家だよ。」
ピツコロ 「あゝ。これだ。これだ。どうぞおはいり下さい。」
百姓の妻 「へえ。何ですかい。」
ピツコロ 「おはいり下さいと…

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