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川の中へおつこちたお猫さん
かわのなかへおっこちたおねこさん
作品ID44983
著者村山 籌子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二六巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「子供之友」婦人之友社、1933(昭和8)年11月
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-06-27 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 あるところにお猫さんがありました。どういふわけだか、生れつきお家にゐるのがきらひで、いつでもぶらりぶらりと、あるきまはつてゐました。
 ある日、お母さんがおつしやいました。
「お猫さんや、今日は少し寒いから、お家にじつとしていらつしやい。」
 けれども、お猫さんは、お母さんの姿が見えなくなると、すぐさまお家をとび出して、三町ほどむかふの川のふちのあひるさんのところへ行きました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「お猫さん、折角ですが、あひるさんはまだ学校から帰つて来ません。」
 お猫さんはがつかりしましたが、お家に帰るよりこゝで待つてゐた方がましだと思つて、
「をばさん、外で待つてゐます。」と言ひました。
 一時間待ちました。
 あひるさんは帰つて来ません。寒い風が吹いて来て、お猫さんの帽子を川の中へふきとばしました。お猫さんは、一丁四方にもひゞきわたる程大きく
「ハクシヨン[#挿絵]」とくしやみをしました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「お猫さん、今日は寒いから、もうお家へお帰りなさい。」
 それでもお猫さんは「僕、ちつとも寒くないや。」といつて、動きません。
 お猫さんはそこで、又一時間待ちました。けれどもあひるさんは帰つて来ません。
 又、寒い風が吹いて来て、お猫さんの上衣を、川の中へふきとばしました。お猫さんは二町四方位にひゞきわたる程、大きく「ハクシヨン、ハクシヨン。」と、くしやみをしました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「さあ、もう、お家へお帰りなさい。風邪をひきますから。」
 お猫さんはシヤツ一枚でガタガタふるえながら、
「大丈夫です。おばさん。」といつて、動きません。そしてもう一時間待ちました。
 夕方になつて、嵐のやうに大きな風が吹いて来ました。そしてお猫さんはコロコロと川の中へおつこちてしまひました。
 お猫さんは幸なことに、水泳の選手でしたから、ズブぬれになりましたが、すぐに川からはひ上つて、三丁四方にもひゞきわたる程大きく、「ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン。」とくしやみをしました。そのくしやみの音は、お猫さんのお家までひゞきましたので、お猫さんのお母さんは大へんびつくりして、かけて来ました。そして、ズブぬれのお猫さんをお家へつれて帰りました。
 お家のベツトの中へはいつて、お猫さんは、
「川の水の中より、おふとんの中がずつとあつたかくていいや。」と思ひましたが、それは後のまつりで、その晩から熱が出て、一週間程はうんうんうなりましたさうです。



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