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才丸行き
さいまるゆき
作品ID4499
著者長塚 節
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「馬醉木 第二卷第三號」1905(明治38)年5月29日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-04-08 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 起きて見ると思ひの外で空には一片の雲翳も無い、唯吹き颪が昨日の方向と變りがないのみである、
 滑川氏の案内で出立した、正面からの吹きつけで體が縮みあがるやうに寒い、突ンのめるやうにしてこごんだ儘走つた、炭坑會社の輕便鐵道を十町ばかり行つて爪先あがりにのぼる、左は崖になつて、崖の下からは竹が疎らに生えて居る、木肌の白い漆がすい/\と立ち交つて居る、漆の皮にはぐるつとつけた刄物の跡が見える、山芋の枯れた蔓が途中から切れた儘絡まつて居る、
 小豆畑といふ小村へ來た、槎[#挿絵]たる柿の大木は青い苔が蒸して幾本となく立つて居る、柿の木の下には小區域の麥が僅に伸び出して、菜の花が短くさき掛けて居る、ところ/″\に梅が眞白である、
 小豆畑を出拔けると道は溪流に沿うて山の峽間にはひる、笹はぼつさりと水の上に覆ひかぶさつて、山芋の蔓がびつしりと絆つて居る、頬白が淋しく啼きながら白い翅を表はして飛び出る、十三四位の女の子がついて小束の矢篠を背負つた馬がぼくたり/\とやつて來る、脚から腹まで一杯に泥がついて見すぼらしい姿である、
 素性よくしげつた杉のほとりを行く、此あたりの道は規則正しく拵へたやうに、横に一文字に低くなつては高くなり、又低くなつては高くなつてる、どこまでも同じやうである、低い所は蹄の趾で馬は必ずそこを踏む、泥水が溜つて居る、余等は飛び/\に高い所を踏んで行く、
 杉の木の部分を過ぎると左に又山の峽間が見えて僅かばかりの田がある、流には土橋が架つて岐路がそれへ分れて居る、三辻の枯芝に獵師が三四人休んで居る、炭をつけた馬が五六匹揃つて來た、田の間からも馬が二匹來た、五六匹の仲間は遠慮なしにさつさと行き過ぎる、二匹の方は土橋の際で若い馬士がしつかと馬の口もとを押へた、馬は口もとをとられながら後足をあげて一跳ね跳ねた、背中の材木が荷鞍と共に水の中へ落ちた、
 曩きのやうに右手の麓について進む、足へぽく/\と觸はるものがある、振り囘つて見るとあとから犬が來る、犬の鼻の尖が觸はるのであつた、獵師のうちの一人が蹤いて來た、狐色の筒袖の腰きりの布子で、同じ色の股引を穿いて居る、黎黒な肌に光りのある顏の五十格恰の巖疊な親爺である、犬は遙かのさきへ行つた、
 對岸の山の中程には炭竈の煙が枯木の梢をめぐつてこちらに靡いて居る、もう程なく燒け切るといふ鹽梅に淺黄の煙である、
「此奧でしたか狸穴といふ所がありましたな、私等が貉を掘りに行つたことがありました、二匹捕つて三匹目の奴が出て來たのを、手で捉へちや喰ひ付かれるといふので木挽の斧でぶんなぐつたら、すつと引つ込んぢまつて夫れつ切り出て來ない、居るも居る三日三晩ばかり燻ぶしたがとう/\出ない、居ねえ筈は無いと思つたが辨當は無くなるし、夫れ切りで歸りましたが、腰越の獵師等がその趾を掘つて五つ捕つた相でした、穴の口から少し下つて一匹死…

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