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シャボン玉
シャボンだま
作品ID45054
著者豊島 与志雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1926(大正15)年3月
入力者菅野朋子
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-01-21 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 むかし、トルコに、ハボンスといふ手品師がゐました。三角の帽子をかぶり、赤や青の着物を着、一人の子供をつれて、田舎の町々を廻り歩きました。そして町の広場にむしろをひろげて、いろんな手品をして見せました。しやちほこ立や、棒上りや、金輪の使ひ分けや、をかしな踊りなどを、太鼓をたゝきながらやるのです。
 けれども、さういふ広場の手品師の生活は楽ではありませんでした。見物人がはふつてくれる金はごくわづかなものでしたし、その上、天気のよい日にしか出来ないのです。雨が降つたり雪が降つたりする時には、宿屋の中にぼんやりしてゐなければなりません。
 或る年の冬、毎日毎日冷い雨が降りつゞきました。ハボンスと子供とは、山奥の小さな町に行つてゐましたが、広場に出て手品を使ふことも出来ず、きたない宿屋の室にとぢこもつてゐました。そして、早く天気になつて、美しい金輪を使ひ分けたり、思ふさま踊り狂つたりして、広場にあつまつてる人たちを喜ばしてやりたいものだと、そればかりを待つてゐました。けれども、なか/\天気になる模様がないばかりでなく、ちよつとした風邪の心地でゐた子供が、だん/\苦しみだしてきました。
 ハボンスは心配で心配でたまりませんでした。可愛い子供に死なれでもしたら、自分は世の中に一人ぽつちになつてしまつて、何の楽しみもなくなるのです。で、夜も昼もつきつきりで子供の看病をしました。けれども、子供の病気はひどくなるばかりです。町で一ばんよい医者にもかけてみましたが、何の甲斐もありません。四五日の後に、たうとう死んでしまひました。
 ハボンスはひどく泣き悲しみました。一度に十も二十も年をとつて老いぼれたやうになりました。そしてもう自分はどうなつても構はないといふ気で、金輪や棒や太鼓など手品の道具も売り払ひ、持つてた金もみな出してしまつて、出来るだけ立派な葬式をしてやりました。
 それからハボンスは、宿屋のきたない室に引籠つてぼんやりしてゐました。もう世の中に用もないから死んでしまはうかと考へましたが、どうして死んだらよいか分りませんでしたし、また、なくなつた子供のことを忘れようとも考へましたが、なか/\忘れられませんでした。そしてふと、その山奥に住んでるといふ魔法使の噂を思ひ出しました。
 それは名高い魔法使で、死んだ者を生き返らすことも出来るし、生きてる者をすぐに死なせることも出来るし、何でも出来ないことがないといふのです。
「その魔法使のところへ行つて、死んだ子供を生き返らしてもらふか、自分を死なしてもらふか、どちらかにしてもらはう。」
 さう決心してハボンスは、残つてるわづかな金で食べ物を買つて、それを肩にしよひ、山奥の魔法使を探しに、雨の中を一人で出かけました。


 ハボンスは次第に山深くすゝんで行きました。腹がすくと背中の包みから食べ物を取りだして食べ、夜は木の…

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