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悪魔の宝
あくまのたから
作品ID45056
著者豊島 与志雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「赤い鳥」1929(昭和4)年1月
入力者菅野朋子
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-05-09 / 2014-09-16
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 或ところに、センイチといふ猟師がゐました。たいへん上手な猟師でしたが、或日、どうしたことか、何の獲物もとれませんでした。鉄砲をかついで、一日山の中を歩きまはりましたが、小鳥一羽、鼠一ぴきも、見あたりませんでした。
「へんな日だ。今日はだめかな。」
 さうつぶやいて、彼は家に帰りかけて、大きな森を通りかゝりました。もう日が沈んで、あたりは薄暗くなつてゐました。
「このおれが、何一つ獲物を持たないで家に帰るなんて、今日はふしぎな日だ。」
 そしてぼんやり考へこみながら、森の中を通つてゐますと、何だか、誰かうしろからついて来るやうな気がしました。それで振向いてみると、ちよつとびつくりしました。柄の長い鍬をかついで、黒い着物をきて、大きな帽子をかぶつてる百姓らしい男が、すぐうしろについてきてるんです。
 男はいきなり彼に話しかけました。
「お前さんは、どちらから来たんだい。」
「どつちからつて……。」と彼はどきまぎして答へました。「わたしは猟師だ。鉄砲をかついで一日歩きまはつてるので、どつちからつてことはない。」
「ふむ、それでも見たらう。」と男は言ひました。
「何を……。」
「穴を掘つてるのを。」
「穴だつて……。」
「栗の木の下にさ……。」
「栗の木……。」
「わたしが栗の木の下に穴を掘つてるのを、お前さんは見たらう。」
「栗の木の下に穴を掘つてる……そんなもの見やしない。」
「ほんとに見なかつたか。」
「見ないよ。だが、そんなことを聞いてどうするんだい。」
「ふむ、その調子ぢや、ほんとに見なかつたらしいな。」
 男はそれきり何とも言ひませんでしたが、やはり彼について来ました。
 変な奴だな、とセンイチは思ひました。そして大きな森の中だし、もう薄暗くなつてるし、何だか気味が悪くて、だまつて足を早めました。が男はやはりついて来ます。その様子を、彼はときどき横目でうかがひました。柄の長い鍬、黒い着物、大きな帽子、百姓のやうな様子……。
 ところが、森から出て、砂利の道にさしかゝると、その男の足音が変にひゞきました。ちやうど牛か鹿が歩いてるやうなんです。センイチは立ちどまつて男の足をながめました。
「お前さんは何をはいてるんだい。」
「あゝこの足か。」と男は答へました。「わたしの足は、一風変つてるよ。見せてあげよう。」
 そして男の差出した足を見ると、二つにわれたひづめがついてゐて、牛とそつくりの足です。
 センイチはびつくりしました。そしてなほよく男の様子を見ると、手の指に長い爪がありますし、尻から長い尾が下つてゐます。
「はゝあ、気がついたな。」と男は言ひました。「もつとふしぎなものを見せてあげよう。」
 そして帽子をぬぐと、頭に二本の角がはえてゐました。
 二本の角、長い爪、長い尾、二つにわれたひづめ……。センイチはいきなり鉄砲をさしつけました。
「悪魔……

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