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鬼カゲさま
おにカゲさま
作品ID45058
著者豊島 与志雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一六巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「幼年倶楽部」1942(昭和17)年4月
入力者菅野朋子
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-01 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 むかし、関東地方を治めてゐた殿様がありまして、江戸に住んでゐられました。その殿様が、病気にかかられて、いろいろ手当をなさいましたが、病気はおもくなるばかりで、いつ亡くなられるかわからないありさまとなりました。
 家来たちはたいそう心配しました。ことに、江戸から遠いところにゐる家来たちは、殿様のごやうすがよくわからないので、ひどく心をいためました。
 秩父のおくにゐました秩父の司も、たいへん心配しまして、ある日、三峰山の中に、三峰の法師をおとづれました。この三峰の法師といふのは、祈りのみちにくはしく、またいろいろな薬にもくはしいとの、評判のたかい人でした。
 秩父の司は三峰の法師にたのみました。殿様のご病気がなほるやうに、お祈りをしていただきたいし、また、お薬をととのへていただきたいと、たのみました。
「七日の間お待ちください。」と三峰の法師はいひました。「七日かからなければ、私のちからではどうにもなりませぬ。」
「それでは、八日めには、かならずととのへていただけますね。」
「承知いたしました。」
 その約束で、秩父の司はいくらか安心しました。けれど、七日の間が待ちきれないやうな思ひでした。江戸からのたよりでは、殿様はますますわるくなられるばかりです。
 その七日のあひだ、三峰の法師は、朝は日の出る前二時間、夜は日が沈んでから二時間、いつしんにお祈りをして、守り札をこしらへました。それから昼間は、秩父の山や谷をあるきまはつて、りつぱな薬草をさがしあつめ、それを夜の間に乾かしました。
 そして八日めに、守り札と、調合した薬とを、秩父の司のところへとどけました。
 秩父の司の喜びは、たとへやうもありませんでした。
 ところが、殿様のようだいはあぶないのです。ひと時も早く、その二品を江戸までとどけなければなりません。どうすれば、一番早くとどけられるでせうか。
 秩父の司は、人人を呼び集めました。
 その集まりの席で、私が江戸へまゐりませうと申し出たものがありました。
「馬をかけさして行きます。馬が倒れたらこの足でかけて行きます。命のあるかぎりとんで行き、殿様のおやかたへ、その品をかならずおとどけいたします。」
 それは、秩父の速といふ若者でありました。馬術にすぐれ、ことに、足が早いので知られてゐました。
 秩父の速ならば、みごとこの役目をはたすであらうと、秩父の司も思ひましたし、ほかの人人も思ひました。
 さつそく、評議はまとまりました。
 秩父の速がお使ひとして、貴い二品をあづかりました。ほかになほ四人の者がついて行くことになりました。
 秩父の速がひき出した馬は、つやつやとした鹿毛のけなみもうつくしい、たくましいもので、鬼カゲと呼ばれてゐる名馬でした。ほかの四人の馬も、それぞれすぐれた馬ばかりでした。
 そしてこの五人は、江戸へむかつて遠い道を、いつさんに…

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