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かぶと虫
かぶとむし
作品ID45084
著者新美 南吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二八巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-05-14 / 2017-09-08
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お花畑から、大きな虫がいつぴき、ぶうんと空にのぼりはじめました。
 からだが重いのか、ゆつくりのぼりはじめました。
 地面から一メートルぐらゐのぼると、横にとびはじめました。
 やはり、からだが重いので、ゆつくりいきます。うまやの角の方へのろのろいきます。
 見てゐた小さい太郎は、縁側からとびおりました。そしてはだしのまゝ、篩をもつて追つかけていきました。
 うまやの角をすぎて、お花畑から、麦畑へあがる、草の土堤の上で、虫をふせました。
 とつて見るとかぶと虫でした。
「ああ、かぶと虫だ。かぶと虫とつた。」
と小さい太郎はいひました。けれど誰も何ともこたへませんでした。小さい太郎は兄弟がなくて一人ぼつちだつたからです。一人ぼつちといふことはこんなときたいへんつまらないと思ひます。
 小さい太郎は縁側にもどつて来ました。そしてお婆さんに、
「お婆さん、かぶと虫をとつた。」
と見せました。
 縁側に坐つて居眠りしてゐたお婆さんは、眼をあいてかぶと虫をみると、
「なんだ、がにかや。」
といつて、また眼をとぢてしまひました。
「違ふ、かぶと虫だ。」
と小さい太郎は、口をとがらしていひましたが、お婆さんには、かぶと虫だらうが蟹だらうが、かまはないらしく、ふんふん、むにやむにやといつて、ふたゝび眼をひらかうとしませんでした。
 小さい太郎は、お婆さんの膝から糸切れをとつて、かぶと虫のうしろの足をしばりました。そして縁板の上を歩かせました。
 かぶと虫は牛のやうによちよちと歩きました。小さい太郎が糸のはしを押へると、まへへ進めなくて、カリカリと縁板を掻きました。
 しばらくそんなことをしてゐましたが、小さい太郎はつまらなくなつて来ました。きつと、かぶと虫には面白い遊び方があるのです。誰か、きつとそれを知つてゐるのです。




 そこで小さい太郎は、大頭に麦稈帽子をかむり、かぶと虫を糸のはしにぶらさげて、かどぐちを出ていきました。
 昼は、たいそう静かで、どこかでむしろをはたく音がしてゐるだけでした。
 小さい太郎は、いちばんはじめに、いちばん近くの、桑畑の中の金平ちやんの家へ行きました。金平ちやんの家には七面鳥を二羽飼つてゐて、どうかすると、庭に出してあることがありました。小さい太郎はそれがこはいので、庭まではいつていかないで、いけがきのこちらからなかをのぞきながら、
「金平ちやん、金平ちやん。」
と小さい声で呼びました。金平ちやんにだけ聞えればよかつたからです。七面鳥にまで聞えなくてもよかつたからです。
 なかなか金平ちやんに聞えないので、小さい太郎は、なんどもくりかへして呼ばねばなりませんでした。
 そのうちに、とうとううちの中から、
「金平はのオ。」
と返事がして来ました。金平ちやんのお父さんの眠さうな声でした。「金平はよんべから腹が痛うてのオ、寝てをる…

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