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いぼ
作品ID45085
著者新美 南吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二八巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「牛をつないだ椿の木」大和書店、1943(昭和18)年9月
入力者菅野朋子
校正者富田倫生
公開 / 更新2011-11-01 / 2014-09-16
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 兄さんの松吉と、弟の杉作と、年も一つ違ひでしたが、たいへんよく似てゐました。おでこの頭が顔の割に大きく、笑ふと、ひたひに猿のやうにしわがよるところ、走るとき両方の手を開いてしまふところも同じでした。
「二人、ちつとも違はないね。」
とよく人がいひました。さうすると、兄さんの松吉が、口をとがらして、虫くひ歯のかけたところから唾を吹きとばしながら、いふのでした。
「違ふよ。俺には二つも疣があるぞ。杉にや一つもなしだ。」
 さういつて、右手の骨ばつた握りこぶしを出して見せました。見ると、なるほど、拇指と人差指の境のところに、一センチくらゐはなれて、小さい疣が二つありました。
 この兄弟の家へ、町から、いとこの克巳が遊びに来たのは、去年の夏休みのことでした。克巳は、松吉と同い年の、国民初等科五年生でした。
 克巳は五年生でも、体は小さく、四年生の杉作とならんでも、まだ五センチぐらゐ低かつたが、こせこせとよく動きまはる子で、松吉、杉作の家へ来るとぢき、廿日鼠といふあだなをつけられてしまひました。
 松吉、杉作の家の裏手には、二抱へもある肉桂の大木がありました。その木の皮を石で叩きつぶすと、いい匂がしたので、大人たちが、ひるねをしてゐるひるさがりなど、三人で、まるで啄木鳥のやうに、木の幹をコツコツと叩いてゐたりしました。
 また、あるときは、お祖父さんの耳の中に、毛が生えてゐることを克巳が見つけて、
「わはア、おぢいさんの耳、毛がはえてゐる。」
と、はやしたてたことがありました。松吉、杉作は、もうずつとまへからそんなことは知つてゐました。が、あまり克巳が面白さうにはやしたてるので、いつしよになつて、これも、
「わはい、おぢいさんの耳、毛が生えてゐる。」
と、はやしたてたものでした。するとお祖父さんが、松吉、杉作をにらみつけて、「何だ、きさまたちや。おぢいさんの耳に毛の生えとることくれえ、毎日見てよく知つてけつかるくせに。」と叱りとばしました。そんなこともありました。
 克巳は、からうすをめづらしがつて、米をつかせてくれとせがみました。しかし、二十ばかり足を踏むと、もういやになつて、下りてしまひましたので、あとは、松吉と杉作がしなければなりませんでした。
 あしたは克巳が町に帰るといふ日のひるさがりには、三人で盥をかついで裏山の絹池にいきました。絹池は大きいといふほどの池ではありませんが、底知れず深いのと、水が澄んでゐて冷いのと、村から遠いのとで、村の子供達も遊びにいかない池でした。三人はその池を盥にすがつて、南から北に横切らうといふのでした。三人は南の堤防にたどりついて見ますと、東、北、西の三方を山でかこまれた池は、それらの山とまつ白な雲をうかべてゐるばかりで、あたりには人のけはひがまるでありません。三人はもう、すこしぶきみにかんじました、しかしせつかく、こゝま…

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