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良寛物語 手毬と鉢の子
りょうかんものがたり
作品ID45086
著者新美 南吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二八巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「良寛物語手毬と鉢の子」学習社文庫、学習社、1941(昭和16)年10月
入力者菅野朋子
校正者江村秀之
公開 / 更新2018-01-06 / 2017-12-26
長さの目安約 202 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

この本のはじめに

 良寛といふ名前の坊さんが、今から百五十年ぐらゐ前に住んでゐた。この本にはその坊さんのことが書いてある。
 君達の中には、西郷隆盛や、乃木大将や、ナポレオンや、ジンギスカンなどの本を読んだ者があるだらう。そしてさういふ子は、本といふものは、人間の中で偉かつた人、何か大きなてがらを残した人に就いて、書かれるものだといふことを、知つてゐるに違ひない。さうだ。その通りだ。
 ところで、この本に書かれてある良寛さんは、偉かつたらうか。
 なる程、大人達は良寛さんを偉かつたといつてゐる。そして良寛さんのいろいろな話が、今でも良寛さんの住んでゐた新潟県出雲崎のあたりには残つてゐる。何でもその辺の人に「越後で偉かつた人は誰ですか。」と訊ねると「それは上杉謙信と良寛さんです。」と答へるさうである。
 だが君達は、この本を読んでゆくうちに、不思議な気がするだらう。こんな坊さんの何処が偉いのかと思ふだらう。こんな乞食のやうな坊さんが偉いのなら、そのへんの乞食やルンペンは、みんな偉いぢやないかといふ者があるかも知れない。
 さういつて、途中でこの本をおつぽり出してしまつてはいけない。もう少し我慢して先へ読んでいき給へ。兎も角、良寛さんは偉かつたと大人達がいつてゐる。そればかりか、良寛さんの偉さが、どれ程であつたかといふことは、大人達にもまだよく解つてゐないのである。
 さうだ、ひよつとすると君達の方が、すばやくほんたうの良寛さんの偉さを、見ぬいてしまふかも知れない。大人達が気がつかないでゐることを、君達の方が先に解つてしまふかも知れない。何しろ、君達子供の眼は、ちつとも濁つてゐない、よく澄んでゐるから。
 私はこの本のお終ひのところで、君達に良寛さんの偉いところが、わかつたかどうか、きくつもりである。その時君達の誰も彼もが、ちやうど教室で算術や読み方の問題を、きかれたときのやうに、一斉に手を上げられることを望んでゐる。
 もう一つ、良寛さんの話をする前に、ことわつておきたいことがある。それは、良寛さんのいろいろな言ひ伝へが、沢山残つてゐると私はいつたが、それらは、どうしたことか、皆良寛さんが年をとられてからの事ばかりなのだ。老人になつた良寛さんの話ばかりが残つてゐて、良寛さんが子供だつた時分は、どんな風だつたかといふ話は、まるで残つてゐない。ひよつとすると何処かの家のお倉の中にでも、良寛さんの少年時代のことを、書いた本がしまつてあるかも知れないが、今のところまだそんな本を知つてゐる人はないのだ。だから、少年時代の良寛さんのことは、よく解らないのである。
 しかし君達は、良寛さんの少年時代のことも聞きたいだらう。そこで私は、それを聞かせてあげることにした。良寛さんの子供時代は多分こんな風だつたらう、こんなことがあつたらうと想像して、その話を君達にしてあげよう。

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