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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
副題34 白雲の巻
34 はくうんのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠15」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年7月24日
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2004-05-07 / 2014-09-18
長さの目安約 213 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 秋風ぞ吹く白河の関の一夜、駒井甚三郎に宛てて手紙を書いた田山白雲は、その翌日、更に北へ向っての旅に出で立ちました。
 僅かに勿来の関で、遠くも来つるものかなと、感傷を逞しうした白雲が、もうこの辺へ来ると、卒業して、漂浪性がすっかり根を張ったものですから、[#挿絵]徊顧望なんぞという、娑婆ッ気も消えてしまって、むしろ勇ましく、北地へ向けてのひとり旅が成り立ちました。
 得てして、人間の旅路というものはこんなものでして、ある程度のところで、ちょっと堪えられぬようにホームシックにつかまるが、これが過ぎると、またおのずからいい気というものが湧いて出て、かなりの臆病者でさえが、唐天竺の果てまでもという気分になりたがるものです。
 白河城下を立ち出でたその夜は、須賀川へ泊りました。
 白河から八里足らずの道。
 この地に投弓という風流人があるからたずねてみよと、人に教えられたままにたずねると、快く入れて、もてなし泊めてくれました。
 その翌日、例の牡丹の大木だの、亜欧堂のあとだの、芭蕉翁の旧蹟だのといったようなものを、親切に紹介されて、それから投弓のために白い袋戸へ、山桜と雉を描いて、さて出立という時、主人が若干の草鞋銭と「奥の細道」の版本を一冊くれました。
 若干の草鞋銭は先方の好意でしたが、「奥の細道」は先方の好意というよりも、こっちの強要と言った方がよかったかも知れません。
「奥の細道! これが欲しい、この旅にこれは越裳氏が指南車に於けると同じだ――ぜひこれを拙者にお貸し下さい」
 こう言って、白雲が強奪にかかったのを、根が風流人の投弓が、いやと言えようはずもなく、彼の拉し去るに任せたものです。
 白雲は、それから「奥の細道」の一巻を、道ながら、手より措かずに、ある時は高らかに読み、ある時は道しるべの案内記として、足を進めて行きました。
 白雲が「奥の細道」に愛着を感じていることは、一日の故ではありません。およそ、旅を好むものにして「奥の細道」を愛読せざるものがあろうとは思われません。
 白雲もまた、芭蕉の人格を偉なりとすることを知っている。その発句の神韻は、到底、後人に第二第三があり得ていないことを信じている。その発句のみではない、その文章がまた古今独歩である。黄金はどこへ傷をつけても、やっぱり黄金である。人格となり、旅行となり、発句となり、文章となるとはいえ、いずこを叩いても神韻の宿ることは、あたりまえ過ぎるほどあたりまえのことだが、その文章のうちでも、この「奥の細道」は古今第一等の紀行文である。単に文章家として見たところで、馬琴よりも、近松よりも、西鶴よりも上で、徳川期では、これに匹敵される文章は無い。少なくとも鎌倉以来の文章である――白雲は、かく芭蕉の紀行文を愛して、その貧弱な文庫にも蔵し、その多忙なる行李の中にも隠さないというこ…

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