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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
副題35 胆吹の巻
35 いぶきのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠16」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年7月24日
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2004-05-14 / 2014-09-18
長さの目安約 133 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 宇治山田の米友は、山形雄偉なる胆吹山を後ろにして、しきりに木の株根を掘っています。
 その地点を見れば、まさしく胆吹山の南麓であって、その周囲を見れば荒野原、その一部分の雑木が斫り倒され、榛莽荊棘が刈り去られてある。そのうちのある一部分に向って鍬を打卸しつつ、米友がひとり空々漠々として木の根を掘りつつあるのです。
 打込む鍬の音が、こだまを返すほど森閑たるところで、ひとり精根を株根に打込んで、側目もふらず稼いでいるのは、この木の株根に執着があるわけではなく、こうして幾つもの株根を掘り起すことの目的は、この土地を開墾する、つまりあらくを切るための労力でなくてほかに理由のあるはずはありません。
 米友が胆吹山の下で開墾事業をはじめた。
 これは、これだけの図を見れば驚異にも価することに相違ないが、筋道をたずねてみれば甚だ自然なものがあるのです。それは後にわかるとして、こうして米友が一心不乱にあらくを切っているとき、
「米友さん――」
 そこへ不意に後ろの林から現われたのは、手拭を姉さん被りにして、目籠の中へ何か野菜類を入れたのを小脇にして、そうしてニッコリ笑って呼びかけたのはお雪ちゃんでした。
「御精が出ますね」
「うん」
 米友も鍬を休めていると、お雪ちゃんはだんだん近寄って来て、
「少しお休みなさい」
「どーれ」
と言って、米友は鍬を投げ捨てて、まだ掘り起さない掛けごろの一つの木株へどっかと腰をおろしたが、さて、こういう場合に、抜かりなく、間のくさびにもなり、心身疲労の慰藉ともなるべき――アメリカインデアン伝来の火附草をとってまず一服という手先の芸当が米友にはできません。腰を卸したまま、両手を膝に置いて、猿のような眼をみはって、お雪ちゃんの面を見つめたままでいますと、
「友さん、一ついかが」
と言って、お雪ちゃんが目籠の中から、珊瑚の紅のような柿の実を一つ取り出して、米友に与えました。
「有難う」
 米友は、腰にさしはさんでいた手拭を引出して、いまお雪ちゃんから与えられた珊瑚のような柿の実を、一ぺん通り見込んでから、ガブリとかぶりついて、歯をあてるとガリガリかじり立てました。
「甘いでしょう」
「甘めえ」
「もう一つあげましょう」
「有難う」
 お雪ちゃんは、まだ幾つも目籠の中に忍ばせているらしい。それを一度に幾つかを与えては、当座の口へ持って行く手順に困るだろうと心配して、わざわざ一つずつ目籠から出しては米友に与えるものらしい。
「むいて上げましょうか」
「いいよ、いいよ」
 お雪ちゃんは摘草用の切出しを目籠の中からさぐり出して、米友のために柿の実の皮を剥いてやろうと好意を示すのを、米友はそれには及ばないと言いました。それはそうです、米友として、皮と肉との間のビタミンを惜しんでそうするわけではないが、この珊瑚のような小粒の柿の実を…

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