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八の字山
はちのじやま
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-08-30 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私が幼いころ、一ばんさきにおぼえた字は、八といふ字でありました。これは、先生から習つたのではない、山が教へてくれた字であります。
 村のうしろに、雑木山が二つ向きあつてゐる間から、擂鉢をふせたやうな形の山が、のぞいてゐて、そのまん中どころに、大きな八の字が書いてあるのです。それは、岩のかたまりが、裾ひろがりに二すぢ長くつづいてゐるのでしたが、とほくから見ると、りつぱな八の字になつてゐます。わたしどもは、その山を八の字山と呼び、その岩を八の字ゴウロと呼びました。
 前の雑木山へは、近所の子供といつしよにつれだつて、木苺つみや、栗拾に、よくあそびに行きましたが、八の字山は、高い山なので、まだ登つたことがありませんでした。
 たしか小学校へあがつた春の、日曜日だつたとおぼえてゐます。朝の御飯をいただいてゐると、お父さんが、「けふはいゝところへ連れて行つてやる。」といひますので、
「どこへ?」
ときくと、八の字だといふ返事、わたしは、小躍してよろこびました。お父さんは、毎日、町のお役所へかよつてゐました。そして日曜の休には、一日奥の間で本をよんでゐて、外へ出かけることなど、めつたにありませんでした。そのお父さんと一しよに山登するといふことは、考へただけでも、うれしいことでありました。
「お父さん八の字の道を知つてゐるの?」
「知つてゐるとも。」
「のぼつたことがあるの?」
「あるとも。」
「いつ?」
「さうさ、いつだつたかな。おまへがまだ生れない頃だらう。」
といつてお父さんは笑ひました。
 お母さんに、おにぎりをこしらへてもらつて、遠足に行くときのやうな身支度をして、出かけました。
 やはらかく春の草が萌え出た、細い一本みちが、なだらかに山に向つてゐます。ステツキを片手に、巻煙草をすひながら、ゆつくり/\歩いてゐるお父さん。おにぎりの包を背負つて、先に走つたり、立ちどまつたり、いそいそと行く幼い私。あたりの木立には、うぐひすや目白が間なくさへづりかはし、お日さまの光がうら/\として、ほんとにいゝお天気でした。
 前山が迫つてきて、八の字は、そのかげにだん/\見えなくなります。道が二つに分れるところへ出ます。私は、いつも前山へのぼるときとは違つた方の道を指ざして、
「お父さん、こつちだろ。」
「ウム、さうだ。」
「まだ、とても遠いの?」
「ウム。」
 水晶のやうに透きとほつた水が、ざん/\音をたててゐる谷川に沿つて、山と山のあひだを登つて行きますと、先刻見えなくなつた八の字がまた見えてきます。下で見たときと、ちつとも変わらない位の遠さに見えるけれど、八の字の形がゆがんで、右の棒が中途でちぎれてゐるのが目につきました。そして、山の原つぱが、うすく緑がかつて見えました。
 お父さんは、吸ひかけの巻煙草を、川の中へ投げこみますと、ヂユツといつて、淵の中へ沈んで行つて、そ…

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