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とうげ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「童話」コドモ社、1924(大正13)年4月
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2013-12-11 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 その時、太郎さんは七つ、妹の千代子さんは五つでありました。太郎さんはお父さんに背負はれ、千代子さんはお母さんに背負はれてゐました。
 春三月とはいへ、峠の道は、まだきつい寒さでした。夜あけ前の四時ごろ、空にはお星さまが、きら/\と氷のやうにかゞやいてゐます。山はどちらを見ても、墨を塗つたやうに真黒で、灯のかげ一つ見えません。お家を出てから、もう一里あまり山の中へ入つて来たのであります。お父さんのさげてゐる提灯のあかりが、道ばたの枯草にうつるのを見ると、そここゝに雪のかたまりが凍りついてゐます。
 千代子さんは、さつきから、
「さむいなあ/\。」と云つて、泣きじやくりしてゐましたが、その声がいつの間にか、
「いたいなあ/\。」に変りました。太郎さんも千代子さんも、あつい毛の襟巻をまき、足には足袋を二つ重ねてその上に毛布と外套をかけて、お父さんお母さんの背なかにしつかり負はれてゐるのですが、それほどにしても、山の寒さは身にしみとほるほどきついのであります。ことに足のさきは、ちぎれるやうに感じられます。
「お泣きでないよ。」
とお母さんが時々なだめるけれど、千代子さんはいつまでも同じやうに泣きつゞけてゐます。
 太郎さんは、お父さんの背にぢつと首をもたれて、泣きたくなるのをこらへてゐました。お家を出る時に太郎さんは、背負はれるのはいやだ、歩いてゆくと云つて剛情をはりましたが、お父さんがどうしてもおゆるしになりませんでした。太郎さんは、今そのことを思ひ出して、やつぱり背負うていたゞいてよかつた、と思ひました。
 太郎さんは、毛布の中からのぞくやうにして、片方の高い山を見てゐました。山のすがたは、たゞ真黒で、木やら岩やら見わけもつきませんでしたが、そのいたゞきのところが少しばかり明るく見えます。その明るみがだん/\増してきて、ポツンと金色の点があらはれました。点がだん/\伸びて角の形になりました。
「お月さまだ」と太郎さんは云ひました。
「まあ、今ごろお月さまが出ましたわ。何といふ恐い色でせう。」とお母さんが云ひました。
「二十三夜さまかも知れないな。もうじきに夜あけだ。」
とこれはお父さんの声。
 そして、お父さんとお母さんは、何やかやことばを交はしました。千代子さんは、いつか泣きやんで、やつぱりお月さまを見てゐるのでした。
「のんの様/\。」
と千代子さんは、云ひました。鎌形のお月さまは全く山をはなれて、うすいけれどもするどいそのお光が四人の姿を照らしました。
 しばらくの間、みんな黙つてゐました。そのうちにお父さんが、「あゝ千代子は眠つたね。太郎も一眠りしてはどうかな。」と云ひました。太郎さんは、目をつぶりました。すると、どこか遠くの方で、
 カラ/\/\、ガラ/\/\。
と氷の割れるやうな音がきこえます。
「あれは何?」
と太郎さんは、目をつぶつたまゝ云ひま…

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