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天童
てんどう
作品ID45145
著者土田 耕平
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第九巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「童話」コドモ社、1923(大正13)年9月
入力者菅野朋子
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-08-26 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 はげしい雨風の夜であります。山小屋の爺は、早く雨戸を立てゝ藁布団の中へもぐりこみました。枕もとには、うす暗い置ランプがともつてゐます。時をり戸のすき間から風が吹きこんで来て、ランプの灯はゆら/\と動きます。爺は寝床の中から細い象のやうな目つきで、危なく消えようとするあかりを眺めてゐました。
「もう消えてもいゝよ。」
と爺はつぶやきました。けれど、あかりは消えさうに見えてなか/\消えません。
 ザワ/\ザワ/\と、山の木立は波が立ちさわぐやうな音をつゞけてゐます。風が強くなつて来ると、その音がゴオーと一色に集つて、滝でも落ちて来るやうに聞えます。このはげしい雨風の夜に、人里はなれた山の中に、たゞ一人きりでゐる爺の姿は、丁度風にゆらめくランプの灯のやうにたよりなく見えました。しかし爺の心は、外の物音とは打つて変つて静かにおちついてゐました。もう四十年あまり住みなれたこの山小屋は、爺にとつては、世界のどんな立派な御殿にも勝つて貴い新しいものでありました。
 けれども爺は、今夜はなか/\眠れませんでした。目をとぢて雨風の音に聞き入つてゐますと、ゴオーと吹きよせる音は、火吹だるまが怒り出したやうにも聞えますし、また韋駄天が走つて来るやうにも思はれます。と忽ち、爺の目には韋駄天の姿があり/\と見えて来るのでした。韋駄天は毬栗頭で赤金色の顔で、目は恐ろしく吊りあがつて、手にはピカ/\光る剣を持つてゐました。しかしこれは人を殺めるものではなく、仏さまの守護神であることを爺は知つてゐますので、ちつとも恐いとは思ひませんでした。韋駄天は天のはてからどし/\駈けてきて、爺の目のまへにぴつたり立ちふさがりました。爺はとぢてゐた目を一寸ばかり開いて見ました。と、韋駄天の姿は消えてしまつて、枕もとの置ランプが相変らずゆらゆらとしてゐるのでした。爺の頬にはやさしい笑みが浮びました。そしてまた両の目をしづかにつぶりました。
 ゴオーと雨風の音がはげしくなつて、再び韋駄天の姿が見えて来ました。韋駄天はどし/\駈けてきて、爺のまへに立ちはだかりました。爺は今度は目をあきませんでした。かまはず韋駄天と向きあつてゐますと、韋駄天とばかり思つてゐましたのが、いつの間にかうつくしい女の姿に変つてゐました。ハテな、とよく見ますと、それは女ではなくて観音さまでした。爺は目をあきました。観音さまの姿は消えました。そして枕もとの置ランプが相変らずゆら/\としてゐました。
「もう消えてもいいよ。」
と爺はつぶやきました。しかし、あかりは消えさうに見えてなか/\消えませんでした。
 爺はまた目をとぢました。しばらくたつと、ゴオーと雨風の音がはげしくなりましたので、また韋駄天が見えて来るかな、それとも観音さまかな、と思つてゐますと、こんどは、びんづらを結うた可愛らしい男の子があらはれました。男の子は遠くの空からむ…

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