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浜の冬
はまのふゆ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-05-29 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 冬の日のことである。鰯の漁が見たかつたので知人の案内状を持つて九十九里の濱の網主のもとへ行つた。主人はチヨン髷の五十幾つかに見える。丁度まくれた栗の落葉が轉つて行くやうだといへば適切で物に少しの滯りもない人である。余の初對面の挨拶が濟むと一寸來て見ないかといふので跟いて行つて見たら、二三軒さきで棟上げの式を行ふ所なので丁度餅や小錢を撒いて居た。主人はいきなりいよつと呶鳴つて大勢の中へ飛び込んで揉まれながら小錢を拾つた。さうして左の掌へ五文六文と勘定をしてちやら/\鳴しながら逢ふ人に見せびらかしては大口あいてはゝあと笑つて居る。こんな無造作な主人であるから居るのにちつとも心おきがなくていゝと思ふと窃にうれしかつた。主人はあの通り海が惡いので濱はもうかれこれ五六十日も不漁だから麥飯と大根ばかりを噛つて居なくちやならねえがそれでよけりやあ幾日でも遠慮なんぞするこたあねえといつた。波の響は松原越しにどう/\と鳴り轟いて此所まで波が打ち揚げて來はせぬかと思ふやうである。
 貝殼の碎けが白く散らばつた麥畑を過ぎて短い枯草の小道から小松林を出ると濱である。小松の中には布子を引つ掛けた漁夫が二三人寒風に吹き曝されながら懷手のまゝぼんやりと際涯もない沖を見つめて居る。波はづどうんと打ちつけては裾から卷きかへし/\土手のやうに立ちあがつて見渡す濱遠く只眞白である。乾燥しきつた濱の砂は北へ/\と飛ぶ。飛ぶといふよりは流れるのである。下駄の齒を踏ん込むと流るゝ砂はさら/\と足袋の上を越えて走る。小松林に近く船が二艘曳き揚げられてあつて船大工が破損の板張りをして居る。大工の手許から一枚々々にまくれて出る鉋屑は流るゝ砂の上をすうつと走つてはくる/\と轉りながら後から/\出てこれも北へ/\と走る。
 濱は不漁がつゞくといふと貧乏な漁師共に懷をむしられるので網主はよく/\疲弊してしまふのだといふのであるが、それでも主人は濱の鉋屑が飛ぶやうな態度でなあに一網引つ掛けりや譯はねえと埃のついたチヨン髷を振りまはして一向苦にならぬ樣子である。主人ががら/\いつては引き留めたがるが本當に麥飯と大根とそれから乾[#挿絵]ばかり噬つて我慢をしなければならぬから、あてもない濱は早速に去つてしまつた。鰯の頭一つも見えなかつたのである。
(明治四十年三月八日發行、馬醉木 第四卷第一號所載)



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