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鉛筆日抄
えんぴつにっしょう
作品ID4517
著者長塚 節
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「馬醉木」第四巻第一号、第二号、1907(明治40)年3月8日、5月25日発行
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2003-12-07 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     八月二十九日

▲黄瓜
 松島の村から東へ海について行く。此れは東名の濱へ出るには一番近い道なので其代りには非常に難澁だといふことである。磯崎から海と離れて丘へ出た。丘をおりるとすぐに思ひ掛けぬ小さな入江の汀になつた。青田があつて蘆の穗も茂つて居る。蘆のなかにはみそ萩の花がしをらしく交つて居る。畦を拾つて行くと田甫が盡きて小徑もなくなつた。仕方がないから楢の木の間を心あてに登つたら往來があつた。丁度いゝ鹽梅に鰌賣でもあらうかと思ふ男が天秤を肩に乘せた儘ぶらつと兩手をさげて左の方から坂をのぼつて來たから一所になつて噺をしながら歩いた。男は松島のホテルへ鰻を賣つて歸りだとのことである。此所らの近道は此邊の人でも知つて知らずだのに能くわかつたと彼はいつた。鰻賣が教へてくれた道を來たら雜木の間で低い草葺のたつた一軒家へ出た。縁先では白い手拭をかぶつた娘が一人で絲を小[#挿絵]に掛けて居る。ぼくり/\と音がするので家のなかを覗いて見たら十五六の舍弟らしいのが土間で麥を搗いてるのであつた。余は此一軒家が何となく面白く感じたので縁の隅へ腰を掛けると娘は急いで小[#挿絵]と共に膝をずらして余に席を與へた。小[#挿絵]の側には胡瓜が五六本轉がつて居るので一本剥いて見たくなつたから無心をすると娘は小[#挿絵]の手をやめて戸袋の蔭から柄の短い錆びた鉈を出してくれた。此れで皮をむけといふのである。狹い庭には糠交りの麥が筵へ二枚干してあつて其先には鳳仙花がもさ/\と簇つて居る。其下が崕である。余はすゞろに興を催しながら鳳仙花の傍に立つて此の意外な庖丁を持つて木か竹でも削るやうにして皮をむいた。胡瓜の眞白な肌に錆のあとがほのかに移つた。然し喉が乾いて居たので非常に佳味かつた。簇つた花の上には糊をつけた白糸が三括りばかり竿に掛けて干してある、余は此邊の人は出稼ぎでもするのかと娘にきいて見たら此邊一般の鼻に掛つた言葉でうつむいたまゝ低くいつたのだからよくは分らなかつたが「出はつて居りやヘン」といふやうに聞えた。崕をおりて田甫へ出たら富山の寺がすぐ頭の上にあつた。

     仝 三十日

▲東海美人[#ルビの「しう」にママの注記]
 草の露がまだ乾かぬうちから暑くなつた。宮戸島の宿を立つて東名の濱へもどる一錢の渡しまで來ると干潮で水が非常に淺くなつて見える。草鞋も脚絆もとつて危ぶみながら徒渉して見ると水は漸く膝のあたりまでしかなかつた。徒渉して見たのが何となく嬉しかつた。昨日の渡守は今白帆を揚げて沖へ出て行く所である。渡しは舟の必要もなくなつたので漁でもしようといふのであらう。弓なりの砂濱が遙かにつゞいて居る。白泡のさし引く汀を行くと草鞋の底から足袋のうらがしめつて心持がよい。だん/\行くとそこにもこゝにも東海美人が打ちあがつて居る。東海美人といふと何だか洒落れて居るが合せ目に毛…

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