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弥彦山
やひこやま
作品ID4518
著者長塚 節
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-05-29 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 新潟の停車場を出ると列車の箱からまけ出された樣に人々はぞろ/\と一方へ向いて行く。其あとへ跟いて行くとすぐに長大な木橋がある。橋へかゝつてぶら/\と辿つて來ると古傘を手に提げた若者が余の側へ寄つて丁寧な辭儀をして新潟はどちらへお泊りですかと問うた。彼は宿引であつたのだ。何處といふことはないが郵便局へ用があるのだから其方へ行かねばならぬと斷る積りでいふと、局ならばすぐ手前のうしろに當つて居ります、手前には電話もありますスケに佐渡の汽船へお差支を掛けるやうなことは致しませんから泊つて下されといつた。余は構はずにぶら/\來ると宿引も跟いて來る。橋の向は新潟の市街で水に臨んで人家が長く接續して居る。後を顧みると岸が遙に遠くなつて茂つた葦が短くなつて見える。此所で漸く橋は半分位迄來て居たのである。此橋は立派なものぢやないかと宿引へいつたら、へえ四百卅間ござりますからと宿引がいつた。橋の下には濁流が溶々として漲つて北へ海につゞいて居る。西南の方を望むと此大江の水の通ずる區域は只一帶の平野と見えて空を遮るものがない。其間に只一つの山が晴れかゝつた雲の間から射しかける夕日の空を背にして丁度水上に聳えて居るやうに見える。余は呆然として此周圍に見とれてしまつた。橋の欄干に凭れながら荷物に挾んであつた地圖を披いて見ると宿引は此時まだ余の傍に居つたのであつたが旦那あれはお彌彦山でこゝから八里ございます、丁度これに當りますと地圖を覗き込んで指しながらいつた。余が彌彦山を知つたのは斯くして此信濃川の長橋に立つてゞあつた。どうしても一度登攀して見たいといふ念が此時油然として起つた。此は九月の十三日の雨上りのことである。
 九月の十九日に佐渡の赤泊の漁村から和船に便乘して越後の寺泊へ渡つた。船は白帆を張つてノタといふゆるやかな波にゆられながら舳はいつも彌彦山へ向いて居た。寺泊へついたのは丁度黄昏近くであつたが泊らうかどうしようかと思つたので或宿屋へ立ち寄つて見ると、あなたの足ならばまだ/\彌彦までは行けるさあ/\急いで行つたがよいと其宿屋の女房が促し立てる。宿屋の女房が客にこんなことをいふといふのは全く意外であつた。然し其夜はひどい闇であつたのでとう/\途中で或家へ泊めて貰うた。さうして翌朝しら/\明に其家を立つた。夜が明けた所を見ると其家といふのは眞白にさいた蕎麥畑の間に在つて低い小さな草山が屋根へ覗き込み相になつて居る。此山は何だと家人に聞いたら此はお彌彦だといつた。余は近くへ來て見ると彌彦山がかうもつまらぬものに成るのかと驚いた位であつた。山を左に見て街道を半里ばかり來ると彌彦の神社になつた。神社の前に相接して居る宿屋も起きて間もない樣子で客が朝の參詣に出る所であつた。鳥居をくゞつて左へとつて行くと手入の屆いた杉林がある。杉林を出ると山坂で、低い峰ではあるが[#挿絵]廻しつゝ登る。…

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