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村の学校(実話)
むらのがっこう(じつわ)
著者
翻訳者鈴木 三重吉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一〇巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1931(昭和6)年2月
入力者tatsuki
校正者浅原庸子
公開 / 更新2007-05-22 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今からちようど六十年前に、フランスはドイツとの戦争にまけて、二十億円のばい償金を負はされ、アルザス・ローレイヌ州を奪はれました。その土地はこの前の世界戦争で、やつと又とりかへしました。このお話は、アルザス・ローレイヌがドイツ領になつて、村々の小学校も先生がみんなドイツ人にかはつてしまつたときのお話です。


    一

 私たちの小さな学校は、ハメル先生がどかれてから、がらりとかはつてしまひました。ハメル先生のときには、朝学校へつくと、授業までには、かならず五六分間ゆとりをおいてもらつたものです。みんなはその間、ストーヴのまはりに輪になつて、指をあたゝめたり、着物についてゐる雪やみぞれをおとしたり、お弁当の中身を見せ合つたりしながら、しづかに雑談をしました。ですから、村のとほくのはてから来る子たちも、始業まへのお祈りと点呼とにも、らくに間に合ひました。
 しかし、今ではさうはいきません。どんな遠くのものでも時間には、きつちり着かなければなりません。今度のドイツ人のクロック先生は、じようだん口一つきゝません。八時十五分前から、もう教壇につッ立つてゐます。ぢきわきにはふとい杖がそなへてあります。おくれて来たものはそれでもつてなぐりつけられるのです。だから小さな中庭には、急いでかけつける木靴の音がつゞき、教場の戸口のところで「はい。」と、いきをきらして、あえぎ叫ぶ声を聞かなければなりません。
 このおそろしいドイツ人にたいしては、何一つ、にげ言葉がきゝません。「母さんが洗濯場に下着をはこぶのを手つだつてゐましたから」とも「父さんについて市場へいつたので」とも言はれません。クロック先生は何にも耳に入れてはくれません。この情のない先生の目からは、私たちは、家も家の人もなく、たゞドイツ語ををそはるために、そしてふとい杖でぶたれるために、わきの下に本をかゝへて、小学校の生徒としてこの世に生れて来ただけのものでした。
 ほんとに私も、はじめの間は、ずゐぶんぶたれました。木びき工場をしてゐる私の家からは学校はかなり遠いのでした。それに私のところは、冬は日の出るのがおそいので、よく、遅刻しました。後には毎晩のやうに手の指や背中や、そこらじゆうに、ぶたれたあとの赤いあざをつけてかへるので、父は、私を寄宿舎へ入れました。
 しかし、寄宿舎はとても、つらくて、なれるまでが中々でした。それは寄宿生にとつてはクロック先生のほかに、クロック夫人がゐるからです。夫人は先生よりも、もつと意地のわるい女です。その上に小さなクロックの一群までがゐるのです。その子たちは、寄宿生をはしご段で追つかけまはします。フランス人はみんななまけものだとどなります。たゞ幸なことに、日曜に母さんが私に会ひに来てくれるときには、いつも食べものをどつさりもつて来ました。
 クロックの家中のものは、だれもかれも大もの…

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