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佐渡が島
さどがしま
作品ID4520
著者長塚 節
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「ホトトギス」第十一巻第二号、1907(明治40)年11月1日
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2003-12-07 / 2014-09-18
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 濱茄子の花

 佐渡は今日で三日共雨である。小木の港への街道は眞野の入江を右に見て磯について南へ走る。疎らな松林を出たりはひつたりして幾つかの漁村を過ぎてしと/\ゝ沾れて行く。眞野の入江は硝子板に息を吹つ掛けた樣にぼんやりと曇つて居る。其平らな入江の沖には暗礁でもあるものと見えて土手のやうに眞白な波の立つて居る所がある。遠くのことであるから只眞白に見えて居る丈でちつとも動く樣には見えぬ。此入江を抱へた臺が鼻の岬が遙かに南へ突出して霧の如く淡く見えて居る。沖の白い波が遠ざかつてしまつて更に幾つかの村を過ぎると對岸の長い臺が鼻の岬もだん/\に後へ縮まつて外洋がぼんやりと表はれ出した。だら/\坂を上つたらすぐ足もとに小さな漁村があつた。汀には家をめぐつて林の如く竹が立てゝある。竹は枝も拂はずに立てゝあるのであるが悉く枯れて居るので葉は一葉もついて居らぬ樣である。此所は既に外洋を控へて居るので潮風を防ぐために此の如きものが一杯に立てられてあるものと見える。佐渡は到る所が物寂びて居るが此の漁村はまた格別である。秋といつてもまだ單衣で凌げるのに此濱は冬が來たかと思ふ程荒凉たるさまである。村へおりると穢い家ばかりで中に一軒夫婦で網糸のやうなものを縒つて居る所があつた。そこで土地の名を聞いたら亭主が皺嗄れた聲で西三河といふ所だといつた。ふと檐端を見ると板看板に五色軍談營業と書いてある。軍談師が内職に糸を縒つて居るので軍談師だから聲が變なのだと思つた。夫でも五色軍談が了解されぬので再び聞いて見ると三味線なしで語るのが只の軍談で三味線のはひるのが五色軍談だといつた。余は更にそれでは此の女房が三味線を彈くのだなと心の中に思つた。
 此の漁村についてすぐに徒渉しえらるゝ程の小川があつて形ばかりの橋が架つて居る。橋を渡ると海中には突兀として岩石が峙つて居る。あたりのさまが此のなだらかな一帶の浦つゞきには極めて稀である。左は丘陵が直ちに海に迫つて急に低くなつて居る。低い所が汀でそこに街道が通ずる。路傍を見ると漸く乳房のあたりまであるかなしの灌木がむら/\と簇がつて居る。其灌木の眞青な葉には赤い花が咲き交つて居る。此が[#挿絵]瑰の花で[#挿絵]瑰の木は枝も葉も花も一切薔薇の木と異ならぬ。只海邊に自然に生長して居るだけ枝も葉もひねびて一段の雅致を帶びて居る。枝には刺があるので余はそつと指の先で花を折つたら花がほろりと草の中に落ちた。腰を屈めて落ちた花をとらうとすると何だか世間が急に靜かになつた樣な氣がした。不審に思うて立つて見ると世間が復た素の如くにざあ/\と騷がしい。此は歩いて居る間は雨が笠に打ちつけるので耳もとが絶えず騷がしかつたのだが腰を屈めると笠が竪になつたので急に靜かさを感じたのであつた。笠が竪になるまで空を仰いで見たら矢張り靜になつた。濱茄子の花は採れるだけ採つて雨の濕ひ…

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