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村のストア派
むらのストアは
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「新潮 第二十五巻第六号」新潮社、1928(昭和3)年6月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-09-05 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 沢山な落葉が浮んでゐる泉水の傍で樽野は、籐椅子に凭つて日向ぼつこをしてゐた。彼は、あたりのことには関心なく何か楽し気な思ひ出にでも耽つてゐる者のやうに伸々と空を仰いでゐるが、何時の間にか眠り込んでしまつたのかも知れない、膝の上に伏せてあつた部厚な書物が音をたてゝ足許に滑り落ちても拾はうともしないから。書物は、もう少しで水の上に落ちかゝりさうなところで躑躅の小株につかえてゐた。そして、情熱的な読者の赤鉛筆で共鳴の傍線があちこちに誌してある「抽象的観念の実在」――そんな項目の頁を微風に翻してゐた。
 ついこの間までは大きな鯉が悠々と泳いでゐたが樽野が悉く売り払つてしまつたので泉水は霜枯れ時の運動場のやうに静かで、間が抜けてゐた。いつもなら赤、白、青の鯉が行列をつくつて游ぎ回つてゐるので水底は不断にもや/\と煙つてゐたが、今は隈なくすき透つて藻の蔭に沈んでゐる蒸汽船や瀬戸物の破片などまでがはつきりと見えたし崖の小笹の間から滾れる水を招んで気ながに湛えた泉水の水なので、一度濁ると容易に魚の姿が判別出来るまでには澄まなかつたが、斯んなに澄み透つた水が満々としてゐるのを見ると妙に空々しく不自然であつた。
 樽野は庭などを眺めるために椅子に凭つてゐるのではない。彼は、鯉などが居ようと居まいと、水がそんなに空しく澄み透つてゐやうと、全く無頓着なのである。――今度はその辺の庭木でも売ることにしようか、あの石灯籠はあつても無くても好さゝうだ、あれに仕様か――書斎に坐つて読書をしてゐたのであるがそんなことばかりが気になつたので本を抱えて庭先きを今更のやうに験めに出て来たのだが、そして、そんなものを売ることの楽しさを考へてゐるうちに、すつかり好い心地になつてぐつすりと眠つてしまつたのである。彼は、口をあいて、虚空を仰いでゐた。爪先きが汀の右につかえてゐるから保たれてゐるものゝ若しや幻で身悶えでもしたら忽ち水の中へ落ち込んでしまふに相違ない。
「つまり僕達は毎日、好い気になつて泥棒を働いてゐたわけだね。」
「あたし達に注意をしに来た時には、番人の方が返つて赤い顔をしてゐたわ。」
「赤い顔もするだらうさ、この真昼間に女もまぢつて、キヤツ/\と騒ぎながら大働きをしてゐる山賊を見たひには――」
 樽野の友達の弟である林と、樽野の妻、その弟の正吉、妻の友達である加代子達は、蜜柑の一杯詰つてゐる登山袋や、枝なりの蜜柑などを各自の両手に携えながら、皆な赤い顔をして戻つて来た。
「だけど自分の畑が、とつくに売られてゐるのも知らないなんて、言訳にも何もなりはしないわ。」
「ぢや、お金を払ひませうか――だつて、姉さんも随分平気で白々しいことが云へたものだよ、えゝ、戴きませう! と来たらあの時何うした?」
「今年だけは、とるだけは取つても好いんぢやないのかしら?」
「大丈夫か知ら、僕は未だ何とな…

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