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厭世詩家と女性
えんせいしかとじょせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1974(昭和44)年6月5日
初出「女學雜誌 三〇三號、三〇五號」女學雜誌社、1892(明治25)年2月6日、20日
入力者kamille
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-10-28 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 恋愛は人世の秘鑰なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽き去りたらむには人生何の色味かあらむ、然るに尤も多く人世を観じ、尤も多く人世の秘奥を究むるといふ詩人なる怪物の尤も多く恋愛に罪業を作るは、抑も如何なる理ぞ。古往今来詩家の恋愛に失する者、挙げて数ふ可からず、遂に女性をして嫁して詩家の妻となるを戒しむるに至らしめたり、詩家豈無情の動物ならむ、否、其濃情なる事、常人に幾倍する事著るし、然るに綢繆終りを全うする者尠きは何故ぞ。ギヨオテの鬼才を以て、後人をして彼の頭は黄金、彼の心は是れ鉛なりと言はしめしも、其恋愛に対する節操全からざりければなり。バイロンの嵩峻を以ても、彼の貞淑寡言の良妻をして狂人と疑はしめ、去つて以太利に飄泊するに及んでは、妻ある者、女ある者をしてバイロンの出入を厳にせしめしが如き。或はシヱレイの合歓未だ久しからざるに妻は去つて自ら殺し、郎も亦た天命を全うせざりしが如き。彼の高厳荘重なるミルトンまでも一度は此轍を履んとし、嶢※[#「山+角」、63-上-15]豪逸なるカーライルさへ死後に遺筆を梓するに至りて、合歓団欒ならざりし醜を発見せられぬ。其他マルロー、ベン・ジヨンソン以下を数へなば、誰か詩人の妻たるを怖れぬ者のあるべき。
 思想と恋愛とは仇讐なるか、安んぞ知らむ、恋愛は思想を高潔ならしむる[#挿絵]母なるを。ヱマルソン言へる事あり、尤も冷淡なる哲学者と雖、恋愛の猛勢に駆られて逍遙徘徊せし少壮なりし時の霊魂が負ふたる債を済す事能はずと。恋愛は各人の胸裡に一墨痕を印して、外には見ゆ可からざるも、終生抹する事能はざる者となすの奇跡なり。然れども恋愛は一見して卑陋暗黒なるが如くに其実性の卑陋暗黒なる者にあらず。恋愛を有せざる者は春来ぬ間の樹立の如く、何となく物寂しき位地に立つ者なり、而して各人各個に人生の奥義の一端に入るを得るは、恋愛の時期を通過しての後なるべし。夫れ恋愛は透明にして美の真を貫ぬく、恋愛あらざる内は社会は一個の他人なるが如くに頓着あらず、恋愛ある後は物のあはれ、風物の光景、何となく仮を去つて実に就き、隣家より我家に移るが如く覚ゆるなれ。
 蓋し人は生れながらにして理性を有し、希望を蓄へ、現在に甘んぜざる性質あるなり。社会の[#挿絵]縁に苦しめられず真直に伸びたる小児は、本来の想世界に生長し、実世界を知らざる者なり。然れども生活の一代に実世界と密接し、抱合せられざる者はなけむ、必ずや其想世界即ち無邪気の世界と実世界即ち浮世又は娑婆と称する者と相争ひ、相睨む時期に達するを免れず。実世界は強大なる勢力なり、想世界は社界の不調子を知らざる中にこそ成立すべけれ、既に浮世の刺衝に当りたる上は、好しや苦戦搏闘するとても、遂には弓折れ箭尽くるの非運を招くに至るこそ理の数なれ。此時、想世界の敗将気沮み心疲れて、何物をか得て満足を求めんとす、労力義務等は…

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