えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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菜の花
なのはな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「ホトトギス」1909(明治42)年8月1日号
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2004-03-15 / 2014-09-18
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一

 奈良や吉野とめぐつてもどつて見ると、僅か五六日の内に京は目切と淋しく成つて居た。奈良は晴天が持續した。それで此の地方に特有な白く乾燥した土と、一帶に平地を飾る菜の花とが、蒼い天を戴いた地勢と相俟つて見るから朗かで且つ快かつた。京も菜の花で郊外が彩色されて居る。然し周圍の緑が近い爲か陰鬱の氣が身に逼つて感ぜられるのである。余は直ぐに國へ歸らうかと思つた。然し余の好奇心は余を二三日引き留めた。それは太夫の道中といふことを土産噺に見物して行かうとしたからである。其間の二三日、余はそここゝと郊外をぶらついた。何處もさびしかつた。仁和寺の掛茶屋に客を呼ぶ婆さんの白い手拭も佗びしさを添へた。明日は道中のあるといふ日の夕方である。余は市中で桐油と麻繩とを買つてもどつて來た。さうして障子のもとで獨り荷造をした。外套や其の他の不用に成つたものを小包にして故郷へ送る爲めである。黄色な包が結び畢つた時一寸心持が晴々した。さうして暫く立てた膝へ兩手を組んだ儘徒然として狹い室内を見渡した。余の部屋は二階の一間で兩方から汚い唐紙で隔てられてある。飾といつては何もない。隣室はどちらも商人が泊つて居る。折々は帳合するのも聞えるが、商人は能く用達しに出掛けると見えて大抵はひつそりとして居る。今もひつそりである。火鉢の藥鑵が僅に夕方の寂寞の中へ滅入る樣に鳴り出した。ランプが點された。筍と蒲鉾の晩餐も出た。低廉な宿料に當て箝めて料理屋から仕出をとるのだといつて此宿の惣菜はいつもかうと極り切つて居る。軈て夜具も運ばれた。余は例の如くランプを持つて火鉢と一つに窓の障子のもとへ居を移す。夜具は室内を占領して畢つた。疎末な夜具の上には友禪の掛蒲團が一枚載せてある。此の一枚の蒲團が宿の余に對する特別の待遇である。余は障子に倚りかゝつて、つく/″\と佗しさを感じながら其派手な模樣を見詰めて居た。下女が慌しく階子段を昇つて來た。西陣の河井さんから電話で只今伺ひますからといつて來たといつた。此の下女といふのは近在からでも傭はれて居ると見えて、田舍臭い一寸聞きとれぬことをいふ女である。余のいふことも解り憎い所があるとかいうて、自分も解らぬことをいうて能く吹き出した。罪はないが快い女ではなかつた。余は直ぐに夜具を片付けさせた。暫くたつて下女はガラスの皿につまらぬ菓子を持つて來た。さうして此邊には何處にも碌な菓子は無いのだといつて又失笑する。河井さんが來た。河井さんは自分の宅へ連れて行くから此處は直ぐに立てといつた。余は突然なのに驚いた。然し再三の勸誘に、余は其好意に從ふことにした。さうして勘定書を命じた。河井さんは今度ふとしたことで知己に成つた人である。階子段を靜かに昇つて來たのは意外にも春さんといふ女であつた。春さんは直ぐに立つといふのを聞いて、意外な顏をして去つた。さうして暫くして勘定書を持…

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