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文づかい
ふみづかい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の文学 2 森鴎外(一)」 中央公論社
1966(昭和41)年1月5日
初出「新著百種 第12号」吉岡書籍店、1891(明治24)年1月28日
入力者土屋隆
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-11-06 / 2014-09-18
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 それがしの宮の催したまいし星が岡茶寮のドイツ会に、洋行がえりの将校次をおうて身の上ばなしせしときのことなりしが、こよいはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待ちかねておわすればとうながされて、まだ大尉になりてほどもあらじと見ゆる小林という少年士官、口にくわえし巻煙草取りて火鉢の中へ灰ふり落して語りははじめぬ。
 わがザックセン軍団につけられて、秋の演習にゆきし折り、ラアゲウィッツ村のほとりにて、対抗はすでに果てて仮設敵を攻むべき日とはなりぬ。小高き丘の上に、まばらに兵を[#「兵を」は底本では「丘を」]配りて、敵と定めおき、地形の波面、木立、田舎家などをたくみに楯にとりて、四方より攻め寄するさま、めずらしき壮観なりければ、近郷の民ここにかしこに群れをなし、中にまじりたる少女らが黒天鵝絨の胸当晴れがましゅう、小皿伏せたるようなる縁せまき笠に艸花さしたるもおかしと、たずさえし目がね忙わしくかなたこなたを見めぐらすほどに、向いの岡なる一群れきわ立ちてゆかしゅう覚えぬ。
 九月はじめの秋の空は、きょうしもここにまれなるあい色になりて、空気透きとおりたれば、残るくまなくあざやかに見ゆるこの群れの真中に、馬車一輛とどめさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまの衣の色相映じて、花一叢、にしき一団、目もあやに、立ちたる人の腰帯、坐りたる人の帽のひもなどを、風ひらひらと吹きなびかしたり。そのかたわらに馬立てたる白髪の翁は角ボタンどめにせし緑の猟人服に、うすき褐いろの帽をいただけるのみなれど、なにとなく由ありげに見ゆ。すこし引き下がりて白き駒控えたる少女、わが目がねはしばしこれにとどまりぬ。鋼鉄いろの馬のり衣裾長に着て、白き薄絹巻きたる黒帽子をかぶりたる身の構えけだかく、いまかなたの森蔭より、むらむらと打ち出でたる猟兵の勇ましさ見んとて、人々騒げどかえりみぬさま心憎し。
「殊なるかたに心とどめたもうものかな」といいて軽くわが肩をうちし長き八字髭の明色なる少年士官は、おなじ大隊の本部につけられたる中尉にて、男爵フォン、メエルハイムという人なり。「かしこなるはわが識れるデウベンの城のぬしビュロオ伯が一族なり。本部のこよいの宿はかの城と定まりたれば、君も人々に交わりたもうたつきあらん」といいおわるとき、猟兵ようようわが左翼に迫るを見て、メエルハイムは駈け去りぬ。この人とわが交わりそめしは、まだ久しからぬほどなれど、よき性とおもわれぬ。
 寄せ手丘の下まで進みて、きょうの演習おわり、例の審判も果つるほどに、われはメエルハイムとともに大隊長の後につきて、こよいの宿へいそぎゆくに、中高につくりし「ショッセエ」道美しく切株残れる麦畑の間をうねりて、おりおり水音の耳に入るは、木立のあなたを流るるムルデ河に近づきたるなるべし。大隊長は四十の上を三つ四つもこえたらんとおもわるる人にて、髪…

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