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馬上の春
ばじょうのはる
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「大阪毎日新聞」1932(昭和7)年1月3、5日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-01-28 / 2016-05-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     上

 私たちが、その村に住んでゐたころ――では、今年の正月は、いつものやうに朝から晩まで酒を飲んでは議論をしたり喧嘩をしたりしてゐても止め度がないから、
「今年はひとつ――」
 と、私達の伊達好みの戯談好きの村長が提言しました。「大いに趣向を変へて――馬を引け! 近郷の村々を訪れて、飲み歩かう。皆々思ひをこらして、思ひ思ひの仮装にこの身を固めて、馬上の騎士とはならう。」
「賛成だ!」
「輝やかしいぞ!」
「はや、魂が天に飛ぶ!」
 忽ち村長は斯様な花々しい賛同の叫びと宙に振られる拳の旗に包囲されました。
 この一文は、その出立の朝の、空は麗らかに晴れ渡つて、もうやがて間もなく桃の花でも開きさうな温い朝の、三方を蜜柑の樹に深々と覆はれた丘を屏風とした村の――私達一行の出発の光景です。
 私はどうも思はしい思案も浮ばなかつたので、普段でも着慣れてゐるアメリカ・インデイアンのトウテム模様を織出したガウンを羽織り、特に鳥の羽根を飾つた酋長用のモンクス・フード(とりかぶと)を翻して、水車小屋のドリアンに打ち乗つて、出発点と定められた村境ひの馬頭観音の前に駆けつけました。誰が、どんな姿で現れるか私は、それが楽しみでした。
「やあ、マキノ君か――どうも連中の来方が遅くつて心外だぞ。まさか、あれほどの賛同の意を表しておいて、いざとなつて、彼等は急にてれてしまつたんぢやあるまいな?」
 石塔の傍にロシナンテの轡を従者にとらせてぬつと立つてゐる銀色の鎧を看た老騎士が不平さうに唸りました。見ると、やゝ気色ばんだ村長です。
「そんな御心配は御無用ですよ、村長!」
 私はうや/\しく朝の挨拶を述べながら騎士の傍に近づくと、まさしく本物と思はれた銀の鎧はボール紙の手製のものでしたが、その手ぎはの鮮やかさには心からの敬意を払ひました。村長は案の条ラ・マンチアの工夫に富んだ紳士に変装してゐたのです。
「常々、時間励行に関してはあれほどその思想を鼓吹しておくのに、いまだにこの有様では誠にこゝろもとない次第ぢやわい。」
 老騎士は筒型の望遠鏡を伸してはるか脚下の街道を眺め渡しながら不平の胸をふくらませつゞけてをりました。私も額に平手を翳して、一筋の河が銀色に光りながら伸び渡つてゐる明るい野面の涯までを眺めましたが、そこにはうらうらとする陽炎が果しもなくゆらめいてゐるばかりで、ひとりの人の影さへも見あたりません。私も少々ながら心細さに襲はれて、動くものの影ならば鳥の姿でも見出すぞとばかりに達磨の眼を見張りました。
 およそ十分間あまりも私達はそのまゝの立像と化して眼を据ゑてゐた時、突然村長が、
「やあ、そろつたぞ/\、来たわ/\!」
 と大きな喜びの声をあげました。――「先づ先頭に、リリイの手綱をとつて現れた城主もどきの裃姿は造り酒屋の主だよ。続く、緋縅の鎧武者は地主の長男だ。風の神…

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