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サンニー・サイド・ハウス
サンニー・サイド・ハウス
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「若草 第六巻第五号」宝文館、1930(昭和5)年5月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-26 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ………………
 火をいれた誘蛾灯が机の上に置いてあります。その光りで見ると、捕虫綱もあります。毒壺も、採集箱もそろつてゐます。
 どうもこれは見覚えのある道具だと思つて、とりあげてみると捕虫網の柄にも、採集箱の隅にも、ちやんと、S・Mと、僕の名前が記してあります。何年か前に博物学者にならうといふ理想をもつてゐた頃僕が使つたまゝ、一切の昆虫採集用具が部屋中に散乱してゐます。壁には採集物の額が並べかゝげてあり、棚にはアルコールづけの標本が、どれも僕の明瞭な採集記憶を呼び起させて、一杯ならんでゐます。
 毒壺の中では一つの玉虫と甲虫が苦悶してゐます。
「これは?」
 と思つてゐると、隣りの部屋からルルが入つて来て、
「今日の成績は何うだつたの!」
 とたづねるのです。
 ルル!
 あの頃の僕のたつたひとりの友達であつた緑色の瞳をもつた娘です。
 すると僕は、毒壺を指さしてゐました。僕のつもりでは、これは誰が採集して来たのか? と訊ねたのでしたが、ルルはそれを見るととても輝やかしい眼を視張つて、綺麗な驚嘆詞を放ち、そして僕の頬を平手で、賞讚の意をもつてハタハタと叩きます。
     …………………………
 僕は捕虫網をかまへて広い野原を縦横に飛びまはつてゐます。夢中です。
 春の真昼時らしいのに、蜜柑の樹蔭にたゞずんでゐるルルが、誘蛾灯をもつてゐて、ちよいと此処へ来て御覧とさしまねくので、近寄つて見ると、灯火のまはりには無数の風船虫が群れ集ふてゐます。
「これは?」
 と今度はルルが僕に訊ねます。
「おゝ、それは風船虫と称ばれる昆虫類である。これを硝子の水筒に飼育して、色さま/″\な布の片々を沈めてやると、彼等はそれを水面まで引きあげる。水の表面に達すると慌てゝそれを離す。彼等はこの運動を水筒中に住む限り連続させる習性をもつものだ。この光景を眺めると恰も水中に五彩の雪が降る如くに美しく、面白く、眺める者の心を慰めるであらう。」
 僕はルルのために、ぎごちない英語をもつて説明してゐます。
 ルルが是非とも、それを実験して見たいと云ふので、僕は捕虫網を五月の鯉のぼりのやうに軽く打ち振ると、風船虫の群はまるで大鯨に呑まれる小魚のやうに、網の胴なかに吸ひ込まれました。
「ほんたうは、斯んなにうまくつかまへられるわけのものではないのだがな?」
 僕は、ちよつと不安を感じたものゝ、ルルが先程と全く同程度の輝やかしい眼を視張つて、あの通りに僕の頬をハタハタと叩いてゐるので、やつぱりこれで好いのだらう――と思ひます。
     …………………………
 不図僕は、苦笑しました。
 それが白日の夢だつたからです。猫やなぎの芽があちこちにふくらむでゐる小川のほとりで僕は芝生に寝転んでゐました。川しもにある水車小屋の水車の音が長閑に聞える他に何の音響もありません。
「あんまり天気が好過ぎ…

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