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ピエル・フオン訪問記
ピエル・フォンほうもんき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「時事新報」時事新報社、1930(昭和5)年12月18、19、21日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-03 / 2016-05-09
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 R村のピエル・フオンの城主を夏の間に訪問する約束だつたが、貧しい生活にのみ囚はれてゐる私は、決してそれだけの余暇を見出す事が出来ずにゐる間に、世は晩秋の薄ら寂しい候であつた。私の尊敬する先輩の藤屋八郎氏は、欧洲中世紀文学の最も隠れたる研究家で、その住居を自らピエル・フオンと称んでゐた。が、藤屋氏は近々永年の「城住ゐ」を打切つて新生活(何んなかたちのものかをおそらく私には想像も及ばない)に入るといふことを聞いたので、是非とも私は今のうちに訪れて、あの素晴らしい家に名残を留めて置きたかつたのである。
 或日私は、思ひ立つて藤屋氏を訪問するために新宿を起点とする小田原行の急行電車に軽装の身を投じた。終点の三つ四つ手前のKといふ小駅で電車を降りてから、藤屋氏の村までは二里の田圃道を過ぎ、河沿ひの、野花のさかんな堤を一直線に凡そ一里近く溯り、更に、昼なほ薄暗い森があるかと思ふと、急に明るい広々とした芝の野原に出て、この芝生を歌をうたひながら駆け抜けると、此度は物凄いすゝきの蓬々と生ひ繁つた、全く芝居めいた古寺のある荒野に入る――この辺りでは屡々婦女の遭難が伝へられる――そして滑り易い赤土の憂鬱な坂を注意深く昇つて、小山の頂きに出て、漸くR村が指呼の彼方に現はれるのだ。
 私は、K駅の近くの塚田村に住んだことがあるので、此あたり一帯の地理には詳しかつたが、単独でこの道をR村へ向ふのは今日がおそらくはじめてゞあつた。私は、塚田村に立寄つて、知合ひの水車小屋から一頭の馬を借り出した。
 斯う日脚の短くなつた今日此頃のことでは、相当脚を速めて進まぬと、鬼塚の峠あたりで日暮に出遇ふかも知れない――と私は、水車小屋の主に注意されたので、私は駒の手綱を引き締て、脇眼も触れずに路を急いだ。
 遥行手の丘々の彼方に大山脈の連峰が紺碧の秋空にくつきりときり立つてゐるR村は、その連峰の一つであるヤグラ岳の麓に蹲まつてゐるのだ。――私は、予て訪問の時には通知を出しておく約束を無視して出発して来たことに軽い後悔を覚へながら、長い田圃道を行過ぎた。出ぶれをして置けば、迎への馬車がK駅迄は仕立てられてゐたのに――と思ひながら、秋草の咲き競ふてゐる河原堤を溯つた。単独でR村を訪問するのはこれが始めてぢやなかつたか知ら? などと考へながら、小暗い森を駆け抜けた。芝の野原にさしかかつた時には、何といふこともなしに過ぎ去つた恋の思ひ出などに脳裏をかすめられたが、駒の鬣に顔を埋めて全速力で疾走した。鞍から飛び降りて、赤土の径を手綱を引いて先に立ちながら、曾て藤屋氏が町の歌妓に想ひを寄せて夜に日を継いで、この径を通ひ詰めた頃の事などを回想した。辻堂のあるすゝきの原に差しかゝつた時には、ヒユウ/\と空に鞭を鳴らして、一刻も速くR村に到達しようと念じた他に想ひは無であつた。
 幾曲り幾折にして、…

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