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ブロンズまで
ブロンズまで
作品ID45300
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「報知新聞 第一八九〇八~第一八九一一号」報知新聞社、1929(昭和4)年9月2日~5日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-20 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

追跡の話

 Dと村長がR子のことで月夜の晩に川べりの茶屋で格闘を演じた。Dは四十歳の洋画家である。R子は川べりの小さな町で踊りと歌を売つてゐる町一番美しいスターで、Dの愛人である。
 格闘の原因は何か? 僕は聞きもらしたが、次のやうな会話が僕の耳に入つて来る。(僕は、空々庵の主が、目の前に迫つた展覧会に出品する為の制作のモデルになつて、黙々と椅子によつてゐるのだ。――そのアトリヱに種々な客が集まつて雑談に耽つてゐるのだ。)
「村長が、口惜しい/\といつて、オイオイと声をあげて泣き出したよ。」
「DはDで、大声を張りあげて――さあ出て来い、村長! 水の中へ投り込んでしまふぞ――と連呼してゐるのだ。」
「そしてDが村長を目がけて振りあげた拳固が、ねらひが狂つたのかR子の額にあたつて、R子が卒倒してしまつたんだ。だがDは、それで後をも振り向かずに停車場を目がけて川のへりを駆けて行つてしまふんだ。」
「Dさんをつかまへて下さい/\! とR子がウワ言のやうに叫んで、ヒヨロ/\と立ち上らうとするんだが、動けないんだ。――だのに、どうしてもDをつかまへて呉れ! といつて諾かないんだ。」
「そこで俺達一同が寄んどころなくR子の手を執り脚を執りして担ぎあげたわけなんだよ。」
「それツ! といふので、俺達はR子を担いで、あの長い川の堤をワツシヨイ/\と、Dの追跡さ。これが若し逆に回転してゐれば、俺達が差詰めまあ悪漢の手下か何かで、美人をさらつて逃げるところをDが追ひかけるといふ活動写真のわけなんだが、此方が追ツかけるんだから妙なものさ。」
「あれが君、幸ひ月夜だつたから好かつたものゝ――」
「遥かの行手に停車場の灯が見えて、そつちの方へ駆けて行くDの後ろ姿がはつきり見えたからな、影絵の人物のやうに――」
「月夜でなけれあ此方だつて、あゝ速くは駆けられやしない。何しろ足もとは、さん/\と流れてゐる水のほとりだからね。」
「そんなことは何うでもいゝよ。そして首尾よくDに追ひついたのか?」
 と誰やらが先を急いだ。
「それはともかく――」
 と話手の一人は反対にさへぎつた。「今晩の会合に俺達の仲間が大半欠席しなければならなくなつたといふ理由は、あの晩、あの長い丁場をそんなに夢中で駆けさせられたので大方の者が足を痛めて、いまだに寝てゐるといふ始末なんだよ。」
「村長!」
 と、また誰やらがやゝ開き直つた調子で呼びかけた。「さういふわけで僕らの仲間は、今日の和睦会に出席できない者が多いんですが、何うか悪く思はないで下さい。」
「俺あ厭だ!」
 と唸つたのは窓の外にゐるらしい村長の声だつた。「Dも来られず、君達の仲間も来ず――ぢや、今日の会合は全く無意味になつてしまふわけぢやないか、俺あ厭だ!」
「Dは、あの時、俺達が追ひついて、アワヤR子が取り縋らうとした刹那に、汽車が出てしまつて、そ…

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