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旧聞日本橋
きゅうぶんにほんばし
作品ID4531
副題04 源泉小学校
04 げんせんしょうがっこう
著者長谷川 時雨
文字遣い新字新仮名
底本 「旧聞日本橋」 岩波文庫、岩波書店
1983(昭和58)年8月16日
入力者門田裕志
校正者小林繁雄
公開 / 更新2003-05-25 / 2014-09-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。たぶん台所と並んだ玄関の奥へ教場の平屋を建てましたのであろう。玄関の横の八畳には通りにむかって窓があった。ここの畳へ座る人種は我々と違っていた。特別の机が配置してあって、手焙りが冬は各自についている。窓の下のところには、紙だとうに針山もおいてあった。
 お午近くなると女中さんや小僧さんがお供をして、この八畳間の御門弟たちがやってくる。お嬢さんたちは、芝居の八百屋お七や油屋お染だと思えばまあ間違いはない、御大層なのは友禅の座ぶとんを抱えさせてくる。お手習だけしているのもあれば、読ものをしにくるのもある。お針仕事をしにくるのもある。息子さん連もまじっていたようだが、子供心にも、そんな青い、ウジョウジョしていた男の子は軽蔑したからよく覚えていない。
 校長秋山先生は、台所口の一枚の障子のきわに納まって、屏風をたて、机をおき――机の上に孔雀の羽根が一本突立っていた。火鉢の鑵子の湯をたぎらせお茶盆をひきよせて、出来上った人の格好を示してた。山茶花の咲く冬のはじめごろなど、その室の炭の匂いが漂って、淡い日が蘭の鉢植にさして、白い障子に翼の弱い蚊がブンブンいっているのを聞きながら、お清書の直しに朱墨の赤丸が先生の手でつけられてゆくのを見ていると、屏風の絵の寒山拾得とおんなじような息吹をしているように、子供心にも老人の無為の楽境を意識せずに感じていた。
 さて教場の方は? これは区役所の控所とも、授産場とも、葬儀場ともいえる。後には六人一並びぐらいの板張り机になったが、各自寺小屋式の机を持っていたころ、あたしが一年生時分は放り出しておく幼稚園といってよかった。しかし別段庭も空地もないので机場におさまって遊んでいるのだが――まず硯箱からしておもちゃ箱に転化させて、水入器にお花をさす。硯箱一ぱいに千代紙をしいて、硝子を――ガラス屋がそうはなかったから、機械の亀の子やその他の玩具の箱の蓋を集めて具合よく敷きこんで、金、銀の丈長や、金銀をあしらった赤や緑の巾広の丈長を、種々の透しを切り込んで屏風をこしらえて、姐さまを飾りはじめる。姐様は、半紙で小さな坊主つくりを作って、千代紙の着物をきせることもあるが、多くは、絵双紙店で売っているのを切りぬく。自分ひとりではつまらないが、向側も隣席もみんなしてするのだから面白い。さて、このアンポンタンがどんななりをしていたかというと、黒毛繻子がはやりだした時分なので、加賀紋(赤や、青や、金の色糸で縫った紋)をつけた赤い裏の羽織、黒羅紗のマントル(赤裏)を着て下駄は鈴のはいったポックリだ。
 学校と露路を間にして、これも元禄年間に建った表町通りの紙店の荷蔵がある。その裏の何かを取りはらって空地が出来た時、どんなに児童たちはよろこんだかしれない。…

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