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心象風景
しんしょうふうけい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「文科」春陽堂、1931(昭和6)年10月~1932(昭和7)年3月
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-12 / 2016-05-09
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 槌で打たなければ、切り崩せない堅さの土塊であつた。――岡は、板の間に胡坐をして、傍らの椅子に正面を切つて腰を掛けてゐる私の姿を見あげながら、一握りの分量宛に土塊を砕きとつて水に浸し、適度に水分を含んだ塊を順次に取り出しては菓子つくりのやうにこねるのであつた。
 岡の額には汗が滲んだ。彼の労働の状態を眺めてゐると、私も全身に熱を感じた。私達は朝の七時から仕事に着手して、午迄一言の言葉もとり交さなかつた。――極寒の日であつた。
 岡が自分の手で建築した掘立小屋のアトリヱである。四囲の壁は、壁を塗るべき下拵へだけが出来てゐて、未だ壁は塗つてなかつたから、内に居て、外の風景が格子の間からキラキラと眼に映つた。碧い空が見えた。アトリヱの傍らの芝生には鶏や兎や山羊が遊んでゐた。窓では私達が捕獲した梟の籠が日を浴びてゐた。
 このアトリヱを建てゝから四度目の冬の由である。凡そ一年に一作の彫刻家である岡は、このアトリヱで「兎」「鶏」「梟」等の作品をつくり、そして今年は「私」をモデルに選んだのである。
 空では百舌が諧調的な鳴声を挙げてゐた。岡は、練りあがつた土塊を掌に載せて、空想的な眼差で稍暫く打ち眺め、そして、今度は怖ろしく入念な実験的な表情で凝つと私の顔と姿とを、それと見比べた後に――よしツ! と点頭いてから、ぽんと傍らの瓶の中へ投げ入れるのであつた。
 やがて瓶は、ゴムのやうに柔軟な土で一杯に満された。
「これだけで丁度君の半身像が出来る分量だ――さあ、今度は支柱だぞ。」
 岡は、バケツの水で土まみれの手を洗ひ、息も衝かずに次の仕事に取り掛つた。彼の達磨に似た容貌は、亢奮の息づかひで赤かつた。――岡は鋸を執つて、凡そ二尺四方角の平板を作つた。そして板の中心に、私の胸から凡そ眼の高さに等しい木片の棒を板の裏側から打ち抜いて一本釘の上に垂直に立てた。
 さて、それを制作台の上に据ゑると彼は、主柱を心棒にして、其処に形造られるべき私の姿を、指先を持つて想像した後に、今度は荒縄を水に浸して、壁に向つて、サツと切つた。しぶきは壁の隙間を飛んで、軒下の八ツ手の葉に降りかゝつた。彼は縄の一端をつかんで更にもう一度空に、鞭に等しい凜烈な唸りを響かせ、力強く唇を噛みながら螺旋状にギリギリと支柱に巻きつけた。
 其様子を見守つてゐると私は、体内に奇怪な震動を覚えた。此一本の支柱は私の脊髄に該当し、螺旋状に巻かれた荒縄は私の内臓器官と神経系統に相当する――と私は想像したのである。
「さあ、これから――!」
 これが「私」の肉附けをするために、最初に土塊をとりあげた岡の最初の言葉であつた。私は、思はず、礼儀正しい写真を撮影する刹那に似た気取つた緊縮を身内に覚えた。
「自由な心持でゐて呉れ給へよ。そして自由なことを考へてゐて呉れ給へ。」
 岡は云ひながら私の顔を視詰めて、一気に両掌の土…

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