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馬車の歌
ばしゃのうた
作品ID45327
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「若草 第六巻第十一号」宝文館、1930(昭和5)年11月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-01-28 / 2016-05-09
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 佗しい村住ひの僕等が、ある日、隣り町の食糧品店に急用が出来て、半日がかりで様々な切端詰つた用事を済せた後に、漸く村を指して引きあげることになつた夕暮時の途すがらであつた。同行は、いつものやうに僕等と一緒に生活を共にしてゐる大学生のHとTと僕の細君と、そして村にあるたつた一軒の僕等がマメイドと称び慣れてゐる居酒屋の娘であるメイ子等であつた。
 僕等は各自に食糧品で充たされたリユツク・サツクを背にしてゐた。そして、果物の袋をぶらさげてゐる者もあつた。野菜の束を抱へてゐる者もあつた。HとTは太いステツキにギヤソリンの小鑵をとほして二人で両端をになつてゐた。――登山隊にしては、いでたちがあまりにだらしがない、奇妙な道連れであつた。
「市場帰りの馬車が、もう来る時分なんだがな……」
「さう云へば、水車小屋の親父も――あの遊び好きの親父も、いよ/\奥方の鞭が酷しくなつて四五日前からさかんに水車を廻しはじめてゐたと思つたら、今朝、とても威気揚々たる姿で、馬車に荷物を満載して町へ出掛けて行つたよ――おい、今夜は俺がお大尽になつて威張りたいから俺が帰るのをマメイドで、飯を喰はずに待つてゐて呉れよ! なんて高言しながら――」
「彼の大尽風がマメイドまで保てば、まことにお目出度い話だが――もう間もなく、空馬車に載つかつて、ぼんやり木兎のやうな眼をして帰つて来るだらうよ。酷え目に遇つた/\! などと呟きながら――」
「親父は何うでも好いから、あの空馬車が恋しいよ。あれなら俺達五人がいち時に楽々と乗り込めるからね。」
 僕等は勝手なことを云ひながら町端れの松並木の堤で休息してゐた。
「おい/\、見失つてはいけないぞ、大分薄暗くなつて来たからな。」
「大丈夫だとも――此堤の上のお関所に我ん張つてゐれば、犬ころだつて素通りはさせやしないから……」
 すると、向ふ側の、片側通りになつてゐる街の雑貨屋で何か用足しをしてゐた細君の傍にゐるメイ子が、
「ちよつと来て下さいな。」
 と頓興な声を挙げて僕達をさしまねいた。その音声が何となく、たゞならぬ様子だつたから僕等は荷物を其処に置き放しにして置いて、
「何だ、何だ?」
「何うしたのだ?」
「悪漢でも現れたのか?」
 などと口々に叫びながら駆け寄つた。
 雑貨商の隣りは、一軒の見すぼらしい古物商であつた。――メイ子は勢急に僕の腕をとつて、そこの店の前に誘ひ、
「あれ、あなたのぢやない?」
 と、片隅にある皮の袋を指差した。「あなたのラツパに違ひないわ。」
「さうだ。俺のホルンらしいな。」
 私は、つまらなささうに呟いた。十年も僕が使ひ慣れた真鍮のラツパ・ホルンである。僕は、別段何の愛着も感じなかつた。が、つひ此間まで自分の所有品であつたものが、商店の店先にそんな風に転げてゐるのを見ると、つまらぬ滑稽感を覚ゆる――などと思つた。
「あの、ちよつと…

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