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早春のひところ
そうしゅんのひところ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「早稲田文學 第一巻第五号」早稲田文學社、1934(昭和9)年10月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-11-21 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 そのころ私は、文科の学生でありましたが、小説といふものにいさゝかの興味もなく――といふよりも小説の類ひを読んだことがなかつたので――主に西洋の哲学や科学の書に親しみ、興味と云へば星の観測ぐらゐのものでした。ほとんど友達といふものもなく、大概自分の部屋に引込んで、何かこつこつと机の上で辞書を引いたり、書抜をこゝろみたりしながら漫然と孤独の時間を過して居るといふ風でした。――夜になると芝居のはやしの音が、かなりはつきりと響いて来るやうな街なかの医院の二階でした。はやしの音は明治座の芝居からです。その小屋が久松町の川ふちにあつたころで、私は叔母の縁家先だつたその家に寄宿して毎日規則正しく学校(早稲田)へ通つてゐました。しかし私は波多野博士の哲学史の時間の他は図書館に居ることの方が多かつたのです。
 そこの医学士の妹であつた千枝子といふ娘は、あたりでも評判の美人でした。齢は私とはたしかおなひどしでしたが、学校を終へてから間もなく神戸の支店(彼女の実家は日本橋の富沢町で毛織物の輸入商を営んでゐたのです。)へ赴いて、多くの外国人と交際して来たといふせゐか、いろいろと世間のことにも慣れてゐるといふ風で、私には彼女が自分と同年とは思へませんでした。彼女が私に告げるさまざまな話題は凡てが私にとつては新鮮な未知の彼方のしかし退屈な夢のやうなおもひでした。――彼女は東京に帰つてからは神田のアテネへ通つてゐることになつてゐましたが、多くは私のゐる医院の方に来て、店では勉強が出来ぬからといふのに、語学の本などは手にとつたこともなく、いつも寝転んだり、脚を投げ出したりしたまゝ小説ばかりを読んでゐるのです。小説の載る月々の雑誌やら新刊本を手あたり次第に持込んで来ては、私の部屋でばかり耽読してゐるのです。私は、さつきも申した通り孤独癖の傾向が益々助長してゐた折からで、彼女の帰京には内心かなり辟易したのです。おまけに彼女の動作は極めて不しだらであつて、本を読みながらものべつにチヨコレートを貪り、煙草を喫し、脱棄てたものはその辺にほうり放しにして置くし、大きなヴアニテイ・ケースなどを持込んで来ても使ひ放しで出て行つてしまふといふ風で、私は非常に閉口したのです。私は彼女が帰ると、直ぐに自分も外へ出て、部屋が片づいたころになつて戻りましたが、隅々にまでも噎せつぽいやうな甘気な香りがこびりついてゐるやうな感じにも堪へられず、夜更までもまはりの窓を開け放しにしておくのでした。それにしても今迄、最も簡粗な机と本棚と一枚の坐蒲団があるだけだつた自分の部屋が、まるで見違へる程乱雑に――然も何も彼も派手つぽい女もちのものに散らかされてゐるのを見て、無性な潔癖性を亢ぶらせたのです。ストア派をもつて任じてゐた私には、寧ろ堪へられぬ責苦であつたでせう。床の間には小説本が次第にうづ高くなり、西洋莨や香水の瓶が…

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