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天狗洞食客記
てんぐどうしょっかくき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「経済往来 第八巻第八号」日本評論社、1933(昭和8)年7月5日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-11-21 / 2014-09-21
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか、無闇に莨を喫すとか――とそれこそ枚挙に遑はない。しかし私には他人目につくかの如き凡そ何んな類ひの癖も生来から皆無であつたのに、突然ちか頃になつて、これはまた凡そ他人目につき易い実にも仰山に珍奇な癖が生じてゐた。私は普段はかね/″\唖のやうに無口であつた。それがちか頃非常に嵩じて、私は何時の間にか凡ゆる感情を喪失してゐる達磨であつた。私は、一体どんな顔をして何んな場合に嘆いたものか、笑つたものか、気分も表情も想像することは不可能であつた。いつも、いつまででも凝然としてゐるばかりの私は木兎であつた。強ひて形容するならば憤つたやうな武悪面といへるであらうが、私にして見ると寧ろ一個の単純なる蝋燭であつた。そして、いつまでゞも沈黙のまゝ背筋を延して大名のやうに端坐してゐたが、やがて私はさうした姿勢を保つたまゝ折々「エヘン!」といふ空々しく大きな咳払ひを発すると、徐ろに右の手の先で頤を撫で、それから左の腕を何か隣りの人でも抱へるやうに横に伸して、薄ぼんやりとギヨロリとしてゐるといふ、そんなに勿体振つた癖が生じてゐた。相手の者が吃驚りして私の顔を薄気味悪さうに眺めるので、私はハツとして吾に返り居住ひを正しながら深呼吸を試みるのであつたが、貧棒ゆすりの習慣の人が吾知らず膝頭を震はしはじめてしまふと同じやうに、いつの間にか私は蛙のやうに胸を張つて、頤を撫で、そして左腕を挙げてゐるといふ、そんなに鈍重な奇天烈な癖が生じてゐた。
 私がM市(――と略号を用ふるのはM市の市長の憂慮があつたからである。)の市長のR氏の紹介で天狗洞の食客となつた時は、そんな私の奇体な癖が益々激しくなつて何うも都には居憎くなつたので、汽車の窓から遠くの山々の頂に残つてゐる雪を眺めて、咳払ひを挙げ、鉄橋を渡りながら独りで物々しく頤を撫で、また沼の水の光るのを誰か仲の善い友達と肩を並べて見渡してゐるかのやうに虚空に腕を懸けながらふら/\と旅に出たのであつたが、立つても据つてもつい/\ひんぱんにそんな癖が起つて、会ふ人毎の首を傾けさせて止まなかつた。ついこの間の春の頃であつた。未だ咲き残りの梅の花びらが、つむじ風に紛々と舞ひあがつてゐた。
 R市長は、当時同市の支局に派遣されてゐた新聞記者である私の義弟の従兄であつた。そして市長の亡父が天狗洞の高弟であつた由である。私が同市に到着した時に弟は、常々私の大酒に悩まされてゐたので、珍客をもてなすべく友達の間から大盃の豪の者を撰りすぐつて歓迎の宴を張つた。私は正面の座に据ゑられたが、稍きまりでも悪かつたのかしら? ぎよつとしていつものやうに端坐してゐると、一層その憐れな癖の大見得が繰り…

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