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真夏の朝のひとゝき
まなつのあさのひととき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「新潮 第三十巻第九号」新潮社、1933(昭和8)年8月19日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-11-27 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 芝区で、二本榎の谷間に部屋を借りてゐた。既に七月の夢が消えてゐた。寺院の鐘の音が霧の深い崖下に渦を巻いた。妻子は私の因循にあきれて、海辺の故郷に赴いてゐた。
 私は寺院の鐘の音では夢を破られなかつたが、直ぐの窓下で芝居の幕あきの調子で鳴る紙芝居師の拍子木の響で、毎朝目を醒されると、別に自分を役者にも観客にもなぞらへるわけでもないのであつたが、やはり何かしら遊戯的気分に誘はれるのであつた。それが聞える間だけだが――。
「お早う、先生!」
 ハルミが露路を隔てた真向きの窓から呼びかけるのであつた。
「愉快さうだね、お早う……」
「ゼラニユウムに水をやらなければ駄目ぢやありませんか、お日様はもう高いのよ。」
 私は窓ぎはの白い卓子の上で、甲虫の脚をそろへ、蝶の翅を展して防腐剤を注射するのであつた。
 抜萃――。
「サンタ・マリア・カレンダー」(七月△△日)
「聖フランシスコ・サレジオ――完徳とは、己れの欠点と戦ふことなり。己れの欠点を知らざれば戦ふこと能はず。」
 ハルミのことを私は「暦をはぐ娘」と、未だ描きはじめもしない画の題に選んでゐた。私の仕事を見物に来て、彼女は壁の暦の文字を朗読するのであつた。
「まあ、また――! 今日は二十八日だといふのに、暦は二十五日よ。破いであげるわ。」
「この甲虫は立派過ぎて、標本箱には角がつかへさうだぞ。」
「……二十六日、ペトロ――汝等の中にも亦偽教師ありて亡びの異端を齎し、己れを贖ひ給ひし主を否み、速かなる亡びを己れに招かんとす……意味が好く解らないわ。おととひのことだ、何うでも好いや。」
「あツ、いけねえ、注射針が折れちやつた。」
 二人は各自に呟いでゐるばかりであつた。ハルミが窓枠の西洋葵に如露の水を振りかけて呉れたのが、白レースのカーテンの裾で陽に映えてゐた。
「二十七日、コロサイ書――子たる者よ、万事に於いて親に従へ、是れ主の御意に適ふが故なり。――二十八日、ロマ書――夜は更けたり、日は近づけり、然れば我等は暗の業を棄てて光の鎧を着るべし……」
「今日は休みなの?」
「休むの――」
 ハルミは暦の破片を掌に丸めながら、私の椅子の肘に腰をかけた。
「それ何といふ蝶々なの、綺麗だわね。」
 彼女は或る百貨店のマネキンで、この頃は水着を着ることが仕事であつた。――私は、カラス・アゲハの翅が展翅板からはみ出るので、ハガキを切つて板の端に付け足してゐた。――「……盆には墓参のために帰郷なさるる由目黒の叔母より伝へ聞き、其許も近頃は殊勝なる心がけとなりたるものかと指折り数へて待ち居り候ものの、豈計らんや其後は杳として便りもなく……」――「……定めし御勉学に専念中のこととは存ずれども――」
 ハガキは私の田舎からの母親の文字だつた。新しい鋏の先が軽快に動いてゐた。
「先生、あの人に会つて下さる?」
 ハルミは私が置いた鋏を徒らに…

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