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客居偶録
かっきょぐうろく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「評論 九號」女學雜誌社、1893(明治26)年7月29日
入力者kamille
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-11-01 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     其一 旅心

 暫らく都門熱閙の地を離れて、身を閑寂たる漁村に投ず。これ風流韻事の旅にあらず。自から素性を養ひて、心神の快を取らんとてなり。わが生、素と虚弱、加ふるに少歳、生を軽うして身を傷りてより、功名念絶えて唯だ好む所に従ふを事とす。不幸にして籍を文園に投じ、猜忌の境に身を[#挿絵]めり。斯の如きは素願にあらず、希くは名もなく誉もなき村人の中に交りて、わが「真村」をその幽囚より救はんか。

     其二 夏休

 天の炎暑を司る、必らずしも人を苦しむるのみにあらず。居常唯だ書籍に埋もれ、味なき哲理に身を呑まれて、徒らに遠路に喘ぐものをして、忽焉、造化の秘蔵の巻に向ひ不可思議の妙理を豁破せしむるもの、夏の休息あればなり。学校より帰る人は、久しく疎遠なりし父兄の情を温め、官省の職務より離るゝものは、家を携へて適好の閑を消す、斯くの如きは夏の恩恵なり。ひとり文界の浪士のみ之を占むるにあらず、無名の詩人、無文の歌客、こゝやかしこにさまよふめり。

     其三 村家

 わが来り投ぜしところは、都門を離るゝ事遠からずと雖、又た以て幽栖の情を語るに足るべし。これ唯だ海辺の一漁村、人烟稀にして家少なく、数屋の茅檐、燕来往し、一匹の小犬全里を護る。濤声松林を洩れて襲ひ、海風清砂を渡つて来る。童子の背は渋を引きたる紙の如く黒く、少娘の嬌は半躰を裸らわして外出するによりて損せず。雄鶏昼鳴いて村叟の眠を覚さず、野雀軒に戯れて児童の之を追ふものなし。前家に碓舂の音を聴き、後屋に捉績の響を聞く。人朴にして笑語高く、食足りて歓楽多し。都城繁労の人を羨む勿れ、人間縦心の境は爾にあり。

     其四 暁起

 一鴉鳴き過ぎて、何心ぞ、我を攪破する。忽ち悟る人間十年の事、都べて非なるを。指を屈すれば友輩幾個白骨に化し、壮歳久しく停まらざらんとす。逝く者は逐ふ可からず。来る者は未だ頼み難し。友を憶へば零落の人、親を思へば遠境にあり。寝を出て襟を正して端然として坐す。この身功名の為に生れず、又た濃情の為に生れず、筆硯を顧みて暫らく撫然たり。

     其五 乞食

 天の人に対する何ぞ厚薄あらん。富めるもの驕る可からず、貧しきもの何ぞ自ら愧づるを須ひん。額上の汗は天与の黄金、一粒の米は之れ一粒の玉、何ぞ金殿玉楼の人を羨まむ。唯だ憫れむべきは食を乞ふの人。天の彼を罰するか、彼の自ら罰するか、韓郎の古事、世に期し難く、靖節の幽意、人の悟ることなし。
 夕陽西に傾いて戸々の炊烟漸く上るの時、一群の村童、奇異の旅客を纏ふて来る。只だ見る粗造の木車一輛、之を挽くものは五十に余れる老爺、之に乗るものは、十歳ばかりも他に増さるべし、乗るものは小鼓を打つて題目を誦し、挽くものは家に就いて喜捨を仰ぐ。髪は霜に打たれし蓬の如く、衣は垢に塗れて臭気高し。われは爾時、晩食を喫了して戸外に出で、…

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