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円卓子での話
まるテーブルでのはなし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「新潮 第二十六巻第五号」新潮社、1929(昭和4)年5月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-08-31 / 2014-09-21
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 彼の昨日の今日である、樽野の――。
 今朝はまた昨日にも増した麗かな日和で、長閑で、あんなに遥かの沖合を走つてゐる漁船の快い発動機の音までが斯んなに円かに手にとるかのやうに聞えるほどの、明るい凪は珍らしい。だから云ふまでもなく、海原は青鏡で、ただ、波を蹴たてて滑つて行く舟の舳先で砕ける飛沫が鮮やかに白く光るより他に目を射るものもないのだ。――樽野は、醒めきらない微かな眠さが反つて快かつた。
 心忙しい筈の樽野は、眠気を醒すつもりであるかのやうに大股で道を急いでゐるのだつたが、もう少し歩を速めるか(それはもう駈足になる。)伴れを探して、酒にでも酔つた時のやうな饒舌家にでもならないと、何か斯う目に見えぬものに対して気まりが悪過ぎるとでもいふ風な心地だつた。
 樽野は晴れた日だけを朝起きして、半年前までは皆で住んでゐたのだが今は彼の書斎だけが残つてゐるN村の家へ出かけるのだつた。――競売にされるといふ話を聞いて、吃驚りして逃げ出したのだつたが、また当分はそんな話も有耶無耶になつたと見へて、其処の門柱には彼の知らぬ間に、彼の名前の誌された新しい表札が出てゐた。現在住んでゐる町はづれの傾きかかつて彼方此方に支柱がかつてある家には、樽野の部屋がなかつたし、加けに、いろいろな悲しい事情を持つて東京からその身を寄せて来た妻の兄妹達が居た。悲しい、困つた境遇に追ひつめられた彼等であるから樽野は屹度、溜息でもつきながら静かに引き籠つてでもゐることだらう、可哀想なことだが――と思つたのだつたが、好いあんばいに彼等の元気好さと云つたらない、決して事に屈托を持たぬ朗らかな楽天家ぞろひだつた。
 彼の妻は彼等のことを、少々体が弱いので転地傍々の保養に来てゐるのだ、と吹聴してゐるが、おそらく誰の目にも彼等が病弱な身であるとは映るまい。此頃、もう余程前から樽野家の酒樽は空になつたまゝで、酒を口にしない主は、自分ながら不気味な程悪おとなしくて彼こそ体でも悪くて引き籠つてゐる者のやうでさへあつた。何んなに家の中が騒々しくても決してその騒音の中に樽野の声が混ることはなかつた。
 ――兄妹達は、人に好かれる質だと見へて遥々と会ひに来る友達が何時も絶えなかつた。いつもズボンのポケツトに両手を入れたままで、その微かな身振りで、歩いてゐる時も、談笑してゐる時も、頭の中ではダンスのことばかり考へてゐるに違ひないことが誰の目にも窺はれる二十二三歳の伊達者、稍ともすれば流行歌を口にして一句毎に「……てえんだらう」といふ呟きが口癖の何々フアン、とかいふ仇名の青年、これはまた酷く気軽で拭掃除でも、常に飯盒で飯を炊いてゐるこの家の飯焚きでも進んで引きうけ、そして食物のうまいまづいを決して云はない水泳選手だといふ学生、口だけは怖ろしく達者だが稍低脳であるらしい高慢鼻の二十歳の妹に恋してゐるといふギタアを携へて…

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