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極夜の記
きょくやのき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房
2002(平成14)年3月24日
初出「文藝春秋 第三巻第十号」文藝春秋社、1925(大正14)年10月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-06-16 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 静かな、初秋の夜である。
 もう、幾日といふことなく、漫然とまつたく同じ夜ばかりを送り迎へてゐるのだが、夜毎に静けさが増して来るやうだ。
 要があつて、斯うしてゐるわけではない、昼間ぐつすりと眠るので、夜は眠れないだけのことである、不思議はないのだ。神経衰弱でもなければ、不眠症とかといふ病ひでもない、簡単な昼・夜転換なのである。沁々退屈した。独りで毎晩、余儀なく斯うしてゐるのは自分のやうな俗ツぽい者にとつては随分の苦しみである。如何ほどこれを続けてゐようとも、この頭に空想の花が咲く筈はない――どうかして、この昼夜の転換を治したいものだ。
 完全な昼間に、自分はもう何時にも接したことがない。好きな朝の気分などゝいふものは、忘れてしまつた。
 夜は、堪らない。
 いつものやうに自分は、今机に向つてゐるが、何も考へてゐない。別段、消極的に陥つてゐるわけでもない。一つの物体が、秋の夜の爽やかさの中に置かれて、爽やかさも感じてゐないまでのことだ。……そして、いつもの通りまつたく無感想状態なのである。たゞ、秋になつたので多少しのぎ好くなつた。長い夜ばかりの夏だつた――思ひ出すのも堪らない。
「さて、今夜は――?」
 せめてカル子の幻が、もう少し生々と甦つて呉れでもすると好いんだがな? 今日だつてカル子に起されて、夕方まで話をしてゐたんぢやないか。自分は、カル子が嫌ひなどころか、この頃では恋情さへ持つてゐるんだ。
 だが、いつも彼女に会ふ時は、寝呆けてゐるので、飛んでもないことばかり喋舌つてしまふ。
 たしかに彼女は、美人に相違ない。
 今思つて見ると、さつき会つたばかりの彼女が、幻灯程にも浮んで来ないのは、残念である。――あした、こそ、はつきり感じて置かう。で、でもなければ、この心では、あんまり空々しくつて、あの手紙の返事も書けやしない。手紙を書くのは、愉快だらうな! こんな静かな秋の夜に、斯うして、独りで、この旧式なアメリカ製のランプの下で、
「カル子さん!」
 駄目々々、これ位ゐほんとうらしく彼女の名前を呟いても何の亢奮も起らない、あれ程自分は彼女に恋してゐるんだがな?
 まつたく今、自分の頭は無である。
 若し、これで自分が何か書かうとしてゐるなら、呆れた無法者である。
「笑はせるぢやないか! 机の上には、厳然と詩箋がのべてある、麗々と筆がその傍に備へてある――大体、あいつは何のつもりなんだらう。」と、自分は呟いて、吾ながらウロンな気がした。
(あいつは何のつもりなんだらう。)
 これは往々自分が、吾家の同人から放たれる言葉の、口真似である。――云はれた当人が、口真似をしてゐれば世話はない。
「今日も、お午過ぎにカルちやんに起されたんです。」
「俺は、あいつが帰つて来てから一度も顔を合せたことがない、一体何時から帰つて来てゐるんだらう?」
 カル子にいつもより少…

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