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海棠の家
かいどうのいえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房
2002(平成14)年3月24日
初出「サンデー毎日 第五巻第二十六号」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年6月13日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-06-10 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。
 私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに来ると私とさへ碌々口もきかずに母親の蔭で愚図ばかり鳴らしてゐたので、そこでの記憶は何も残つてゐない。あの家でのあの娘の記憶はところ/″\ばかにはつきり残つてゐるにもかゝはらず――。
 はつきりとしてゐる気がしても、とりあげて見ると、泡のやうに忽ち消えて、何のとらへどころもない、シヤボン玉をつかむやうな記憶である――ほんとうにシヤボン玉の記憶が先に浮かぶのである――。
 土蔵があつた。土蔵の壁は白かつたが、らく書きが一つもしてなかつた。私は、塀や壁に接するとらく書きに注意するのが癖だつた。
 外では、風にこはされて面白くない、風がなくてもにげてしまふからあつけない――「お蔵の中だと面白いよ。まつすぐにシヤボン玉があがつて行つて、天井は暗いからいつ玉が消えるのだかわからない。折角、キレイな玉をつくつても直ぐに眼の前でこはれてしまつては、がつかりぢやないの! だからあたしはシヤボン玉を吹く時はいつでもお蔵の中でするのよ。こはれないよ。しまつておけるわ。――どこかしらにかくれてゐる。それを探しツこをしない! 鬼ごつこ見たいに。」
 彼女は、そんな意味のことを、私の記憶ではもつと/\芝居じみた言葉で熱心にいつたことを私は覚えてゐる。
 ――「あたしは、ひとりでもいつもそんな遊びをしてゐる。」
「厭だ。」と私はいつた。
「厭だつて! その遊びをしないとひどい目に合はすぞ!」
 鋭く男のやうな言葉で突然彼女は打つやうに叫んだので、私はゾーツとして否応なく承諾したことを覚えてゐる。
 隅の方に妙なかたちの朱塗の椅子があつた。娘は、それに腰をおろして、魂をこめてシヤボン玉を吹いた。
「どんなに騒いだつてかまやしないわよ、聞えやしないから――早く/\、早く梯子段を駈けのぼつて……お化けなんてゐやあしないわよ。意気地なし……」――「ほうら! もうどこかへ見えなくなつてしまつた。だけど、こはれちやゐないことよ。きつと、二階の隅にとまつてゐるよ。……早く、見つけておいでツていふのに。」――「天井裏にね、昔、おしおきに使つた竹の鞭があるよ。それは、触るとお爺さんに叱られるけれど、あんまり愚図々々してゐると、それを出して来てあんたをひつぱたくよ。」

          *

 私は、あの娘の笑ひ顔を想像することが出来ない――笑つた顔を見たことがない。痩せてゐた。そして脊が竹の子のやうに細長かつた。顔色ははつきりと青白かつた。私の町からでさへ何里も離れてゐる片田舎で、あたりは丘と麦畑ばかりのところにある家だつたが、娘の身装は、その頃の私に芸者の子のやうだと思はせたほど派手だつた。
「もう帰らう、母さん。」と…

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