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鸚鵡の思ひ出
おうむのおもいで
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房
2002(平成14)年3月24日
初出「都新聞 第一二九八六号~第一二九八九号」都新聞社、1924(大正13)年2月23日~26日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-06-10 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「いくら熱心になつたつて無駄だわよ。――シン。鸚鵡だからつて必ず言葉を覚えるときまつてはゐまいし。」
 アメリカ娘のFは、さう朗らかに笑つて私の肩を叩いた。足音を忍ばせて彼女は私の背後に近寄つたのだらう、声で、私は初めてFに気づいて振り反つた。
「僕は何もグリツプに言葉を教へようとしてゐたんぢやないさ。」
 グリツプと称ふのはFが飼つてゐる此の鸚鵡の名前である。
「お前はまア何といふ嘘つきだらう! 教へようとなんてしてゐないツて? 妾はさつきからちやんと鍵穴から覗いて見てゐたんだよ。お前はグリツプの前で、指を出したり、顔を顰めたり、独り言を呟いたり、疳癪を起して二ツの拳を震はせたりしてゐたぢやないか! 今日ばかしぢやない。きのふもおとゝひも、いや一週間も前から毎日毎日! さア白状なさい、何といふ言葉をお前はグリツプに教へようと試みてゐるんだか!」
「僕は芝居がゝつた言葉や動作のとりやりが何よりも嫌ひな性分なんだ。子供の時から犬一匹飼つたことのない者だ。鸚鵡に言葉を教へようなんていふ可愛らしい心は僕は持たないよ。」
 私はこの上ツ調子の態度が気に喰はなかつたので、子供の時犬を飼はなかつたわけぢやないのだが、さう言葉を誇張して、そして殊更に憂鬱気な態度を示した。
「グリツプといふ名前はお前に返さう。」Fは仏頂面をして叫んだ。
「勝手におし。返されても僕は決して不名誉には思はないよ。」
 厭だと云ふのに、どうしても鸚鵡に名前を付けて呉れと云つてFは承知しないので、いつだつたか私は仕方がなしにグリツプと称ふ名前を与へたのだつた。中学の一年か二年の時に習つたチヨイス読本の中にあつた“LAZY RAT”といふ章を私は覚えてゐた。主人公の若い鼠の名前がたしかグリツプといふんだと思つた。Fは、いつもこの鸚鵡のことを「怠け鸚鵡」と叱つて、何を教へても少しも覚えないと滾してゐたので、私はさういふ名前を与へたのだつた。



 その翌日から私はもうFの家を訪れてもグリツプの傍には寄らなかつた。Fを庭にも部屋にも見出せずに、手持無沙汰の時には、アマさんに秘かに頼んで、Fの親父が飲用するウヰスキイを貰つてチビ/\と飲んだ。――。
「怠け鸚鵡」は何時でも、窓枠の置かれた籠の中から私の方を横目で睨んでゐた。
「貴様とはもう一切口をきかないぞ。」私も睨み返してさう云つてやつた。Fにあんな風に発見されてテレ臭くもあり、業腹でもあつたので、頭から否定してやつたのだが、ほんとは私は、Fの云つた通りこいつに一言ことばを教へてやらうと思つてゐたのだつた。
 何と? ――それは、ちよつとこゝでは云ひにくい!
 この頃私は、友達からも認められる程の酒飲みになつた。私は、洋酒は嫌ひで日本酒ばかり飲む。二度、私はFの部屋で独りでウヰスキーを飲み過して、泥酔して、Fに発見されて、一度は髪の毛を[#挿絵…

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