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外米と農民
がいまいとのうみん
作品ID45442
著者黒島 伝治
文字遣い新字新仮名
底本 「黒島傳治全集 第三巻」 筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日
入力者Nana ohbe
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-07-05 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 隣家のS女は、彼女の生れた昨年の旱魃にも深い貯水池のおかげで例年のように収穫があった村へ、お米の買出しに出かけた。行きしなに、誰れでも外米は食いたくないんだから今度買ってきたら分けあって食べましょうと云って乗合バスに乗った。近所の者は分けて呉れることゝ心待ちに待っていたが、四五日しても挨拶がない。買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗きに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで手離さないという返事である。なにしろ田地持ちが外米を買って露命をつながなければならないようなことはまことに「はなし」ならぬ話である。
 昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆陽の甘藷までがほとんど駄目だった。村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十分になって自から健康増進せしむることができると書かれてあって、微苦笑を催させずに措かなかったのはこの二月頃だったが、産業組合購買部から配給される米には一斗に二升の平麦が添加されることになった。七分三分、あるいは六分四分に米麦を混合して常食としている農民は、平常から栄養摂取を十分にやっているわけだが、一年中食うだけの麦を持っている者も、組合から配給される平麦を買って、持っている麦があまるならそれは玄麦で売れというのである。誰れにも区別なく麦を添加するのは、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪かった。
 それからまもなく、内地米一斗に外米四升が添加されるようになって麦の混食には平気だった者も外米のバラ/\してかたくて口ざわりの悪いのには閉口した。外米の添加量は次第に増されてきた。胃を悪るくする者、下痢する者など方々で悲鳴をあげた。発育ざかりの私の二人の子供は、一日一升五合くらいの飯を平らげてまだなにかほしそうな顔をしているのだが、外米の入った飯になると、かわいそうなほど急に、いつもの半分くらいしか食わなくなって悄げこんだ。平生、まずいものを食いなれている百姓が、顔を見合すと、飯のまずいことをぶつ/\云う日が多くなった。
 かつてのかゝりつけの安斎医学博士の栄養説によると、台湾に住んでいてわざ/\内地米を取りよせて食っていた者があったそうだが、内地米が如何にすぐれていようともそんなのは栄養上からよくないそうである。人間もやはり自然界の一存在で、その住んでいる土地に出来るその季節の物を摂取するのが一番適当な…

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