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鍬と鎌の五月
くわとかまのごがつ
作品ID45443
著者黒島 伝治
文字遣い新字新仮名
底本 「黒島傳治全集 第三巻」 筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日
入力者Nana ohbe
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-07-05 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 農民の五月祭を書けという話である。
 ところが、僕は、まだ、それを見たことがない。昨年、山陰地方で行われたという、××君の手紙である。それが、どういう風だったか、僕はよく知らない。
 そこで困った。
 全然知らんことや、無かったことは、書くにも書きようがない。
 本当らしく、空想で、でっち上げたところで、そんなものには三文の値打ちも有りゃしない。
 で、以下は、労働祭のことではない。五月一日に農村であったことである。

 香川県は、全国で最も弾圧のひどい土地だ。第一回の普選に大山さんが立候補した。その時、強力だった農民組合が叩きつぶされた。そのまゝとなっている。
 なんにもしない、人間を、一ツの警察から、次の警察へ、次の警察から、又その次の警察へ、盥廻しに拘留して、体重が二貫目も三貫目も減ってしまった例がいくらでもある。会合が許されない。僕の友人は、労働歌を歌っていて、ただ、それだけで一年間尾行につき纒われた。
 ちょっと、郷里の家へ帰っているともう、スパイが、嗅ぎつけて、家のそばに張りこんでいる。出て歩けば尾行がついて来る。それが結婚のことで帰っていてもそうなのである。親爺の還暦の「お祝い」のことで帰っていてもそうなのである。嚊を貰って、嚊の親もとへ行っていると、スパイは、その門の中へまでのこ/\はいって来る。金儲けと財産だけしか頭にない嚊の親や、兄弟が、どんな疑心を僕に対して起すかは、云わずとも知れた話である。スパイは、僕等の結婚や、お祝いごとまでも妨害するのだ。僕は、若し、いつか親爺が死んだら、子として、親爺の霊を弔わなければならない。子として、親爺の葬儀をしなければならない。その時にでも、スパイは、小うるさく、僕の背後につき纒って、墓場にまでやって来るだろう。

 西山も、帰るとスパイにつき纒われる仲間の一人だ。その西山が胸を悪くしてO市から帰っていた。
 彼は、もと、若手の組合員だった鍋谷や、宗保や、後藤の顔を見た。それから彼等の小学校の先生だった六十三の、これも先生をやめてから、若い者よりももっと元気のある運動者となった藤井にあった。
 どの顔にも元気がない。
 組合が厳存していた時代の元気が、からきしなくなってしまっている。それに、西山が驚いたのは、彼等の興味が、他へ動いていることだ。
 ごつ/\した、几帳面な藤井先生までが、野球フワンとなっていた。慶応贔屓で、試合の仲継放送があると、わざわざ隣村の時計屋の前まで、自転車できゝに出かけた。
 五月一日の朝のことである。今時分、O市では、中ノ島公園のあの橋をおりて、赤い組合旗と、沢山の労働者が、どん/\集っていることだろうな、と西山は考えた。彼は、むほん気を起して、何か仕出かして見たくなった。百姓が、鍬や鎌をかついで列を作って示威運動をやったらどんなもんだろう。
 彼は、宗保と後藤をさそい出した…

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