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扉は語らず
とびらはかたらず
作品ID45458
副題(又は二直線の延長に就て)
(またはにちょくせんのえんちょうについて)
著者小舟 勝二
文字遣い新字新仮名
底本 「「猟奇」傑作選 幻の探偵雑誌5」 光文社文庫、光文社
2001(平成13)年3月20日
初出「猟奇」1930(昭和5)年4月号
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-09-01 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        1

「事件は今から六年前、九月三十日、午後八時から九時までの間に、いわゆる東京六大百貨店の一、S百貨店に突発した、小いさな出来事だ。大百貨店に於ける一装飾工の惨死! このことに興味を抱いた君が、これからS百貨店へ行って、六年以上勤続の店員に訊ねることは無駄だ。恐らく、誰もそんな事件に就いては初耳だ、と答えるだろうから――
 然し、当夜此の惨事に立会ったものは、店内関係者としては装飾部主任とその部下、宿直主任とその部下、警備係員若干、すべてで二十人はいるのだがね。彼らは相互に警戒して口を緘し、吹聴本能の禁欲につとめた。実に彼らこそ訓練の行届いた模範的な百貨店員と云うべきだ!
 ところが、此処にわらうべき一事がある。彼ら二十余名の模範店員たちの知っていることは、何の価値も無いということだ。それらは単に事件の外観、概要、表面に過ぎないんだ。真相は彼らの外にある。如何にして此の事件が起り、如何にして彼らの知らない結末に終ったか? たった二人だけがそれを語る資格がある。一人はあの晩即死してしまった装飾工で、一人はかく云う僕なんだ………」
 と、最近ふとしたことで私と知り合いになった男――前S百貨店洋家具仕入部員と自称する男――が話し始めた。同一平面上にある二つの直線は、之を充分に延長させれば必らず相交わるか平行するかの二例を生じる。後の例は吾々をすくなからず憂鬱にさせ、前の例は吾々に歓喜を与えるが、時には激しい恐怖をもたらす。この一篇の殺人物語は、二つの直線の盲目的な行進に就いて、恐怖を起させる場合であるらしい。

        2

 彼は闇の中で瞬たきをした。睡魔―敢えて此の場合「睡魔」と云う―が彼を見捨てようとして、足で彼の肩を蹴ったのだ。
「あっ……こいつはひどいぞ!」
 彼は、カラをつけ、襟飾を結び、背広を着たままで、地上六十呎、寂寞とした無人の大ビルディングの一角で――正確に云えば、S百貨店五階、洋家具売場附属倉庫内で、睡眠を摂っていたのだった。やがて闇をみつめる彼の眼前に、彼の犯した勤務上の失態が大写された――
 仕入部の柱時計が長短針を直線につなぐ。午後六時の執務終了の第一電鈴が百貨店全体にジリリーッ! と響き渡る。彼は鍵を掴んで事務所を飛び出す。洋家具部倉庫の扉締りに行く。これが彼の日課の最後の部分だ。然し、その余白にもう一つの日課を書入れることが出来る。何故なら、六時の第一電鈴から第二の電鈴までの三十分間は、彼のみに与えられた自由休憩時間――人間的な時間だ! 倉庫の中で記帳執務に疲れた手足をううんと伸す。機械から人間への還元だ。その証明として睡眠を摂ることもある。機械は眠らない。――その日に限って、彼は睡眠時間の限度を超過してしまったのである。
 巨大なガラス窓が、倉庫の闇の中へ微量の光線を供給している。彼はその前へ立って眼下六…

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