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葉書
はがき
作品ID45466
著者石川 啄木
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集 第三巻 小説」 筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日
初出「スバル 第十号」1909(明治42)年10月1日号
入力者Nana ohbe
校正者川山隆
公開 / 更新2008-07-30 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ××村の小学校では、小使の老爺に煮炊をさして校長の田辺が常宿直をしてゐた。その代り職員室で用ふ茶代と新聞代は宿直料の中から出すことにしてある。宿直料は一晩八銭である。茶は一斤半として九十銭、新聞は郵税を入れて五十銭、それを差引いた残余の一円と外に炭、石油も学校のを勝手に用ひ、家賃は出さぬと来てるから、校長はどうしても月に五円宛得をしてゐる。此木田老訓導は胸の中で斯う勘定してゐる。その所為でもあるまいが、校長に何か宿直の出来ぬ事故のある日には、此木田訓導に屹度差支へがある。代理の役は何時でも代用教員の甲田に転んだ。も一人の福富といふのは女教員だから自然と宿直を免れてゐるのである。
 その日も、校長が欠席児童の督促に出掛けると言ひ出すと、此木田は家の春蚕が今朝から上蔟しかけてゐると言つて、さつさと帰り仕度をした。校長も、年長の生徒に案内をさせる為に待たしてあるといふので、急いで靴を磨いて出懸けた。出懸ける時に甲田の卓の前へ来て、
『それでは一寸行つて来ますから、何卒また。』と言つた。
『は。御緩り。』
『今日は此木田さんに宿直して貰ふ積りでゐたら、さつさと帰つて了はれたものですから。』校長は目尻に皺を寄せて、気の毒さうに笑ひ乍ら斯う言つた。そして、冬服の上着のホツクを叮嚀に脱して、山樺の枝を手頃に切つた杖を持つて外に出た。六月末の或日の午後である。
 校長の門まで出て行く後姿が職員室の窓の一つから見られた。色の変つた独逸帽を大事さうに頭に載せた格好は何時見ても可笑しい。そして、何時でも脚気患者のやうに足を引擦つて歩く。甲田は何がなしに気の毒な人だと思つた。そして直ぐ可笑しくなつた。やかまし屋の郡視学が巡つて来て散々小言を言つて行つたのは、つい昨日のことである。視学はその時、此学校の児童出席の歩合は、全郡二十九校の中、尻から四番目だと言つた。畢竟これも職員が欠席者督促を励行しない為だと言つた。その責任者は言ふ迄もなく校長だと言つた。好人物の田辺校長は『いや、全くです。』と言つて頭を下げた。それで今日は自分が先づ督促に出かけたのである。
 この歩合といふ奴は仕末にをへないものである。此辺の百姓にはまだ、子供を学校に出すよりは家に置いて子守をさした方が可いと思つてる者が少くない。女の子は殊にさうである。忙しく督促すれば出さぬこともないが、出て来た子供は中途半端から聞くのだから、教師の言ふことが薩張解らない。面白くもない。教師の方でも授業が不統一になつて誠に困る。二三日経てば、自然また来なくなつて了ふ。然しそれでは歩合の上る気づかひはない。其処で此辺の教師は、期せずして皆出席簿に或手加減をする。そして、嘘だと思はれない範囲で、歩合を胡魔化して報告する。此学校でも、田辺校長からして多少その秘伝をやつてるのだが、それでさへ猶且尻から四番目だと言はれる。誠に仕末にをへないの…

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