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とら
作品ID45489
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「鎧櫃の血」 光文社文庫、光文社
1988(昭和63)年5月20日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-07-04 / 2014-09-18
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     上

「去年は牛のお話をうかがいましたが、ことしの暮は虎のお話をうかがいに出ました。」と、青年は言う。
「そう、そう。去年の暮には牛の話をしたことがある。」と、老人はうなずく。「一年は早いものだ。そこで今年の暮は虎の話……。なるほど来年は寅年というわけで、相変らず干支にちなんだ話を聴かせろというのか。いつも言うようだが、若い人は案外に古いね。しかしまあ折角だから、その干支にちなんだところを何か話す事にしようか。」
「どうぞ願います。この前の牛のように、なるべく江戸時代の話を……。」
「そうなると、ちっとむずかしい。」と、老人は顔をしかめる。「これが明治時代ならば、浅草の花屋敷にも虎はいる。だが、江戸時代となると、虎の姿はどこにも見付からない。有名な岸駒の虎だって画で見るばかりだ。芝居には国姓爺の虎狩もあるが、これも縫いぐるみをかぶった人間で、ほん物の虎とは縁が遠い。そんなわけだから、世界を江戸に取って虎の話をしろというのは、俗にいう『無いもの喰おう』のたぐいで、まことに無理な注文だ。」
「しかしあなたは物識りですから、何かめずらしいお話がありそうなもんですね。」
「おだてちゃあいけない。いくら物識りでも種のない手妻は使えない。だが、こうなると知らないというのも残念だ。若い人のおだてに乗って、まずこんな話でもするかな。」
「ぜひ聴かせてください。」と、青年は手帳を出し始める。
「どうも気が早いな。では、早速に本文に取りかかる事にしよう。」と、老人も話し始める。
「これは嘉永四年の話だと思ってもらいたい。君たちも知っているだろうが、江戸時代には観世物がひどく流行った。東西の両国、浅草の奥山をはじめとして、神社仏閣の境内や、祭礼、縁日の場所には、必ず何かの観世物が出る。もちろん今日の言葉でいえばインチキの代物が多いのだが、だまされると知りつつ覗きに行く者がある。その仲間に友蔵、幸吉という兄弟があった。二人はいつも組合って、両国の広小路、すなわち西両国に観世物小屋を出していた。
 両国と奥山は定打で、ほとんど一年じゅう休みなしに興行を続けているのだから、いつも、同じ物を観せてはいられない。観客を倦きさせないように、時々には観世物の種を変えなければならない。この前に蛇使いを見せたらば、今度は[#挿絵]娘をみせる。この前に一本足をみせたらば、今度は一つ目小僧を見せるというように、それからそれへと変った物を出さなければならない。そうなると、いくらインチキにしても種が尽きて来る。その出し物の選択には、彼らもなかなか頭を痛めるのだ。殊に両国は西と東に分れていて、双方に同じような観世物や、軽業、浄瑠璃、芝居、講釈のたぐいが小屋を列べているのだから、おたがいに競争が激しい。
 今日の浅草公園へ行ってみても判ることだが、同じような映画館がたくさんに列んでいても、そのなかに…

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