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新時代女性問答
しんじだいじょせいもんどう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「愛よ、愛」 パサージュ叢書、メタローグ
1999(平成11)年5月8日
初出「新潮」1925(大正14)年9月号
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-04-27 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一平 兎に角、近代の女性は型がなくなった様だね。
かの子 形の上でですか、心の上でですか。
一平 つまり、心構えの上でさ。昔で云えば新しい女とかいうようにさ。
かの子 特別な型はなくなりましたね。たとえば青踏時代の様に。
一平 つまり今の新しい女はそんな詩的な概念でなく、もっと実質的に入ったんだろう。
かの子 詩的概念を表現する様になったとでも云いましょうか。いえ詩的概念という言葉はあてはまりませんね。
一平 それは空想だろう。
かの子 いいえ、理想ですよ。
一平 要するに実質的になったんだね。
かの子 実質的とは。
一平 たとえば社会的のある理想を持つとすれば、すぐ社会運動に即するし、芸術的モーションを抱いてる人は芸術的の創作に即するという様に昔の女性は何となく一つの新しいということの憧憬があった。その憧憬が此頃は地べたに踵をつけて来た。
かの子 それは時代が非常に便利になったから何となく新しくあろうという憧憬が青踏社時代の様に鬱勃としていません。たとえばその鬱勃としたものが、手軽に云えば髪形の上や服装の上などに通け口が出来ているでしょう。また婦人雑誌を読めば現代語が出て、それを読めば自分の程度の新しさと一致する心よさがあり、見るものすべてが流通無碍になっただけ、それだけ女性全般の中に蓄積されたものがない様に思います。それから一般的に新しい色彩が行き亙っているため、本質的な思想家や芸術家は既成の人を除いてはぼかされ易い様です。すべての女が相当な新らしいテクニカル・タームを覚え青踏社時代の新しさは近代の女性には常識程度に普遍化されて来た様です。
一平 一つは外国からの格別新しい思潮が入らなくなった勢もありはしないか。
かの子 ここの所一寸そういう風な状態ですね。極く繊細な感覚的な拾物程度のものは一部の人の中に入って来てはいるけど。
一平 だから今じゃむしろ一般の女性の外形上の言語や服装等の上には皮相な新し味は非常にあるけど、内容は昔のものが地べたにならされただけのもので外形程の新し味が内容に於てはカルチベードされていないね。
かの子 一面から云えば非常にもの分りのいい新鮮らしい女性が多い様に見えるけれど、それは近代の女性に許されている可成の自由と、女性そのものの普遍化された新味から来る自負心とであって、内容そのものは真の創造や鬱勃たる熱情に乏しいと思います。近代の女性はなかなか巧利的な所もあって兎角利害の打算の方が感情よりも先に立って利害得失を無視してどこまでも自分の感情を生かそうとする熱情の閃は多くの場合に於て見られないと思いますね。この事は恋愛などに於ても。つまりしっかりした芸術作品を持ったり他の事業でも真摯な地歩をかためて居る女性以外には装飾的な表皮の感情は多くひらめかして居ても本質的な真面目な熱情や感情が浅薄です。或種の文学少女などことに。
一平 そ…

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