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蜘蛛の夢
くものゆめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「蜘蛛の夢」 光文社文庫、光文社
1990(平成2)年4月20日
初出「文藝倶楽部」1927(昭和2)年9月
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2006-06-23 / 2014-09-18
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 S未亡人は語る。

 わたくしは当年七十八歳で、嘉永三年戌歳の生れでございますから、これからお話をする文久三年はわたくしが十四の年でございます。むかしの人間はませていたなどと皆さんはよくおっしゃいますが、それでも十四ではまだ小娘でございますから、何もかも判っているという訳にはまいりません。このお話も後に母などから聞かされたことを取りまぜて申上げるのですから、そのつもりでお聴きください。
 年寄りのお話はとかくに前置きが長いので、お若い方々はじれったく思召すかも知れませんが、まずお話の順序として、わたくしの一家と親類のことを少しばかり申上げて置かなければなりません。わたくしはその頃、四谷の石切横町に住んでいました。天王さまのそばでございます。父は五年以前に歿しまして、母とわたくしは横町にしもた家ぐらしを致していました。別に財産というほどの物もないのでございますが、髪結床の株を持っていまして、それから毎月三分ほど揚がるとかいうことで、そのほかに叔父の方から母の小遣いとして、一分ずつ仕送ってくれますので、あわせて毎月小一両、それだけあればその時代には女ふたりの暮らしに困るようなことはなかったのでございます。兄は十九で京橋の布袋屋という大きい呉服屋さんへ奉公に出ていまして、その年季のあけるのを母は楽しみにしていたのでございます。
 叔父は父の弟で、わたくしの母よりも五つの年上で、その頃四十一の前厄だと聞いていました。名は源造といいまして、やはり四谷通りの伝馬町に会津屋という刀屋の店を出していましたので、わたくしの家とは近所でもあり、かたがたしてわたくしの家の後見というようなことになっていました。叔父の女房、すなわち私の叔母にあたります人は、おまんといいまして、その夫婦の間にお定、お由という娘がありまして、姉が十八、妹が十六でございました。
 これでまず両方の戸籍しらべも相済みまして、さてこれから本文でございます。前にも申上げました通り、文久三年、この年の二月十三日には十四代将軍が御上洛になりまして、六月の十六日に御帰城になりました。そのお留守中と申すので、どこのお祭りもみな質素に済ませることになりまして、六月のお祭り月にも麹町の山王さまは延期、赤坂の氷川さまもお神輿が渡っただけで、山車も踊り屋台も見合せ、わたくしの近所の天王さまは二十日過ぎになってお祭りをいたしましたが、そういう訳ですから、氏子の町内も軒提灯ぐらいのことで、別になんの催しもございませんでした。年のゆかない私どもには、それが大変さびしいように思われましたが、これも御時節で仕方もございません。
 その六月の二十六日とおぼえています。その頃わたくしは近所の裁縫のお師匠さんへかよっていましたので、お午ごろに帰って来まして、ちょうど自分の家の横町へはいりかかりますと、家から二、三間手前のとこ…

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